今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手・アイドルの、『Spotify』(2022年10月時点で4億5600人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去のヒット曲、現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回は菊池桃子にフィーチャーし、インタビュー第1弾ではアルバム収録内の人気曲を中心に、また第2弾では、シングル曲やラ・ムーの楽曲を中心にそれぞれ語ってもらった。この第3弾では、
シングル以外も大人気! おすすめのアルバムは『TROPIC of CAPRICORN』
それにしても、Spotifyの再生回数上位16曲にランクインしたシングルは、たったの4曲。アイドル出身のアーティストの場合、どうしてもヒットシングルを中心に聴かれることが多いのだが、菊池桃子の場合は、人気のシンガーソングライターと同様、圧倒的にアルバムのリスナーが多い。それだけ大勢の人々が、桃子のウィスパーボイスや、シティポップの王道とも言える林哲司のサウンドに心酔しているという証だろう。こういった状況を、桃子はどのように受け取っているのだろうか。
「幸せでしかありません! “当時ファンでした”、“昔、聴いていました”とお声がけいただくときも、アルバムやシングルB面の話をされることが多くて、とてもうれしいです。シングル以外の楽曲にも全力投球してきたので、“ああ、埋もれなくてよかったなあ~”って思うんです。海外の方が自分の歌を聴いてくださっているのも光栄ですね。今年、林哲司先生とアルバム『Shadow』を作りましたが、タイトルには、“光が当たりにくい、陰に隠れた曲も一生懸命作っていました”という意味も込めています。そういった楽曲はまだまだありますし、第2弾も作れたらいいですね」
また、このランキングでは、桃子が参加していたロックバンド、ラ・ムーのラストシングルで、当時かろうじてオリコン週間TOP20入りを果たした「青山Killer物語」が再生回数20位なのに対し、シングルが35万枚以上も売れ、『ザ・トップテン』(日本テレビ系)では2週連続1位となった「BOYのテーマ」が25位と、過去の人気と現在の人気が大逆転しているのも興味深い。
「こういう現象は面白いですね。シングルは、当時のタイアップ効果で売れたものも多いと思いますが、そうじゃない曲も伸びているということですよね。
それと現在は、アルバムですと『ADVENTURE』と『OCEAN SIDE』 の2枚がよく聴かれているようですが、私としては、2ndアルバム『TROPIC of CAPRICORN』にもいい曲がいっぱいありますよ~! と、おすすめしたいです。具体的には『Southern Cross Dreaming』(現在33位)や『Boy Friend』(現在37位)、『Dear Children』(現在41位)など、海外の方が好きそうなリズミカルな楽曲がいろいろ入っています!」
確かに、このアルバムにはマイナー調でアップテンポの、耳に残る楽曲が多い。泰葉のヒット曲「フライディ・チャイナタウン」や八神純子の「黄昏のBAY CITY」のように、当時オリコンTOP50にも入っていなくても、現在は海外を中心に再生回数が急増している例があることを考えると、今後これらの楽曲が伸びる可能性も少なくない。その意味では、現在は26位の7thシングル「Broken Sunset」も、複雑なビートが絡む高速ナンバーなので、将来的にヒットしてもおかしくないはずだ。
「『Broken Sunset』……これはね!! 本当に、難しいんですよ!! 特に、サビに入るところが大変で……。いつも林哲司先生が“難しい曲を作ってゴメンね”とおっしゃっている代表的な部分が、集約されていますね。楽器で弾くとそこまで感じないのに、いざ歌ってみると、すごく難しいんです」
売野雅勇が紡ぐ日本語の美しさが好き。自分の個性は「極力出さないようにした」
また、シングルのカップリング曲にも注目すると、現在の1番人気は42位の「Ivory Coast」(’87年、10thシングル「アイドルを探せ」のカップリング)。本作は、作詞を手がけた売野雅勇が、《菊池桃子さんの代表曲といってもよいのではないかと考えることがある。全体のムードがただならず艶っぽくて、魅惑的に響いてくるところが最大の魅力》と、自選CD BOX『Masterpieces~PURE GOLD POPS~売野雅勇作品集「天国より野蛮」』にて絶賛している。アフリカをイメージした歌詞や、久石譲によるアンビエントなサウンドを取り入れた斬新なアレンジを、桃子本人はどう感じていたのだろうか。
「確かに全体の雰囲気が変わっていますが、売野先生が使う日本語の美しさがすごく好きで。リズムに乗るのも大切だけれど、歌詞がきちんと聴こえるように意識して歌っています。作詞してくださる方が男性、女性どちらであるかは、特に意識していません。おそらく先生方が、“菊池桃子への提供作品”だと考えて作ってくださっているから、どの歌詞もスッと自分の中に入ってくるのでしょうね。
売野先生が今年書いてくださったのが、新曲の『Again』です。林哲司先生に聞いたところ、売野先生が、“桃ちゃんの歌い方って、日本語が聞き取りやすいよね”と言ってくださっていたそうで、心がけていたことが先生にちゃんと伝わっているのがわかり、“やってきてよかった”と思いました!」
その「Again」は、配信から2か月と短期間ながら、すでに46位まで上昇しており、さらなるランクアップが期待される。そして、もうひとつの新曲「奇跡のうた」(’22年10月現在は未配信だが、「Again」とともにCDアルバム『Shadow』に収録)は、母性を感じさせるような、凛とした佇(たたず)まいが印象的だ。
「母性はまさに意識したところです。メロディーも歌詞もわかりやすく表現することと、自分の個性を極力出さずに、作曲家の方が作ってくれた音符の並びや、作詞家の方の言葉たちを忠実に伝えることを心がけました。私は、声そのものがちょっと変わっているので、個性をあえて作らなくても、楽曲の魅力が伝わるのかなと思います」
「一生涯、林哲司先生の大ファンを貫きます!」共演ライブへの意気込みは
それにしても、アルバム『Shadow』を通して聴いてみると、やはり“菊池桃子×林哲司”は絶妙なマッチングで、林哲司本人も、提供作家としての代表曲に桃子の楽曲を多数、挙げるほどだ。桃子本人は、林哲司メロディーやサウンドをどうとらえているのか。
「よく歌手の方が、どんな曲が自分のルーツなのかお話されていますが、私は多感なころ、すでに聴く側ではなく歌う側にいたので、(デビュー当時から歌ってきた)林哲司サウンドが、私の音楽性を育ててくれた気がします。ピアノを5歳から始め、そのころから譜面の読み書きと、『ソルフェージュ』という、音楽における表現力を高める訓練をしていたので、小学生のときには、音楽を“耳コピ”するようになったんです。だから歌うときも、ピッチがズレてしまうと、とても悔しい気持ちがありました。“ピアノなら簡単に弾けるのに、人間の身体は、どうしてこんなにコントロールが難しいんだろう”とジレンマがあって……。
そんなわけで、幼いころの基礎的なピアノ学習と、思春期に触れた林哲司サウンドが私の基準ですが、私の曲のアレンジやコード進行、音の鳴り方などの中心にあるのは、やっぱり林先生なんです。ですので、私は一生涯、林哲司先生の大ファンを貫きます! 今後、どなたかの作品を歌わせていただく幸せな機会があるとすれば、その方も林哲司先生のファンであることが前提条件となりますね」
’22年の11月30日と12月3日には、その林哲司と、ビルボードライブでの共演が予定している。最後に、ライブへの意気込みと、サブスクで音楽を楽しんでいるリスナーに対してのメッセージを送ってもらった。
「今回は、林哲司先生の定期的な公演に私がゲスト出演させていただくのですが、このライブで’22年に出した新曲を初めて歌えることが楽しみです。申し訳ないことに、私がケガをしてしまったため、一度ライブが中止となってしまったのですが、新曲のタイトルはくしくも『Again』なので、今度こそみなさんの前で歌いたいと思います! また、サブスクなどでお気に入りの曲を見つけたら、ぜひSNSでみんなに紹介してもらえたらうれしいです」
約1時間にわたるインタビュー中、彼女は以前と変わらぬウィスパーボイスで、さまざまなエピソードを語ってくれたが、どれも“やってみてよかった”という思い出ばかり。話を聴いているうちに、すでに知っている曲でも改めて聴いてみようと思えるほど、楽曲への愛にあふれていた。それほどまでに歌い手や作り手によって大切に育てられてきた楽曲は、30年以上が経過した現在のみならず、未来に向けても、ますます語り継がれていくことだろう。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
菊池桃子(きくち・ももこ) ◎1968年5月4日生まれ、東京都出身。B型。’84年に映画『パンツの穴』でデビューし、同年「青春のいじわる」で歌手デビュー。当時のキャッチフレーズは「It’s Real Fresh 1000%」。爽やかで透明感のあるアイドルとして人気を博した。’12年3月、法政大学大学院政策創造専攻修士課程修了。その後、母校の戸板女子短期大学にてキャリア形成論などの講義を担当。現在は女優・歌手活動のほか、CM・ラジオ・講演など多方面で活躍中。’22年7月には、シングル楽曲の“陰”に隠れた名曲を最新リマスタリングし、林哲司が新曲2曲をプロデュースしたアルバム『Shadow』をリリースした。
林哲司 SONG FILE with Special Guest 菊池桃子 -Live “Again”-
◎2022/11/30(水)@ビルボードライブ横浜
1stステージ 開場16:30 開演17:30/2ndステージ 開場19:30 開演20:30
◎2022/12/3(土)@ビルボードライブ大阪
1stステージ 開場15:30 開演16:30 / 2ndステージ 開場18:30 開演19:30
※公演詳細、チケット情報は以下URLをチェック!
・横浜公演→http://www.billboard-live.com/
・大阪公演→http://www.billboard-live.com/
『渋谷のザ・ベストテン』#菊池桃子&#ラ・ムー 限定ベストテン企画
◎『渋谷のラジオ』水曜12時〜の10/26 & 11/2放送分にてランキング発表!
◎対象:菊池桃子&ラ・ムー名義でリリースされたCDまたは配信楽曲(「渋谷で5時」「恋のフライトタイム」は除く)