2022年9月から10月にかけて全国4都道府県で上演される舞台『裸足で散歩』で主人公を演じる俳優・加藤和樹さん。舞台だけでなく映画、音楽ライブと幅広く活躍する加藤さんですが、芸能界に入ってすぐは、目標がなくて挫折を味わった上に、お芝居にはまったく興味がなかったんだとか。そんな加藤さんが、ミュージカルに正面から向き合うことになったきっかけを、今回の作品にかける熱い思いとともに語ってくださいました。
コメディだからと笑わせにいってはいけない。自然に笑いが込み上げる作品に
ミュージカルの舞台出演が多くなってきているなか、「いつかコメディを演じてみたい」と、ずっと希望を抱いていました。実は以前からコメディが好きで、見る機会も多かったんです。今回、アメリカを代表する喜劇作家、ニール・サイモンのラブコメディ『裸足で散歩』で、ついにチャンスをいただけて、「ぜひやらせてください」と二つ返事でお受けしました。本間ひとしさん、松尾貴史さん、戸田恵子さん、と共演者も芝居巧者な方々ばかりで豪華。ゼロから勉強させていただくつもりで取り組んでいます。
舞台は2月のニューヨーク。堅物の新米弁護士・ポールと、明るく自由奔放な若妻のコリーが新婚旅行を満喫して、新居のアパートへと戻ってきたばかり……という場面から始まります。二人の部屋は最上階の5階で、エレベーターはなく、天窓も割れたまま。そこにコリーの母親が突然、訪ねてきたり、アパートに住む変わり者の住人が乱入してきたり。そんななかで起こる、コリーとポールの心のすれ違いを、しゃれたセリフのやり取りで生々しく描いていく物語です。ニール・サイモンの戯曲を演じるのは初めてですが、彼の実体験を反映している初期の作品ということもあり、そのリアリティを追求していきたいですね。
僕の演じるポール役は、新米弁護士で、初仕事が明日に迫り不安を感じているなか、高田夏帆さん演じるコリーとの新婚生活が始まる。それが、いきなりうまくいかない。だから気持ちの揺れ、心情の動きが多いんですね。ポールをはじめとして、登場人物5人それぞれの心情的な物語でもあるので、会話をテンポよく進める難しさと格闘しています。
この作品は小粋なセリフとハートフルな作風で日本でも人気が高く、たびたび上演されていますが、台本を初めて読ませていただいたときは、ポンポンとセリフが進み、ついつい笑いが込み上げてくる面白さに、「さすがコメディの王道戯曲だ」と感銘を受けました。
今は稽古も終盤にかかり、細かいところを調整していく段階までできあがってきたところです。ニール・サイモン作品の特徴のひとつは、膨大な量のセリフ。気の利いた言葉の激しい応酬が満載で、とにかくセリフと動きが多いので、全体を通しながら、気持ちの流れを言葉にのせて、最後の仕上げを施しているところです。
コメディだから、観客を笑わせることが役者の使命、ぐらいに考えていたのですが、稽古を重ねてきた今、実はそれは違うのではないか、と考え方をシフトしています。「登場人物たちは、無理に誰かを笑わせようとして生きているわけではない。懸命に日々を過ごすわれわれと同じ人間である」ととらえるようになったんです。なので、コメディだからといって、積極的に役者が仕掛けて客席の笑いを取りにいく、といった小賢しさは、むしろ封印しなければならない、と。何気なく観ていて思わず笑いが込み上げてくる、そんな仕上がりになればいいな、と思っています。
ただ、翻訳の福田響志さんは、ニューヨークにも長く住んでいらしたので、台本読みのときに「ここが笑いのポイント」と指示を入れてくれました。日本人にはなじみのないニューヨークの固有名詞に補足を入れたり、今風の会話に訳されたりしていて、お客さまには現代的なニール・サイモンを堪能していただけるのではないか、と期待しています。
「正反対の性格の二人が一緒にいる意味は?」演出家や共演者らと考え続けていた
先ほど、ポールは新婚生活を始めたばかりの新米弁護士だとお話ししましたが、彼は育ちがよくて勉強もでき、レールに乗って弁護士を目指した堅物、とバックグラウンドを想像して、現在のあり方やどういう未来を描いているのかなど、方向性を考えています。「ポールは妻のコリーとは真逆の性格なのに、一緒にいる。その意味ってなんだろう」ということがいちばんのポイントなので、演出家の元吉庸泰さんと考えた末に、「これはもうわからない。運命的な出会いをした、としか考えようがない」と結論づけました。“運命”という言葉は、そんなに安易に使いたくはないのですが、「この二人が一緒にいることは神が与えた試練である」と解釈しています。
育ってきた環境や、生きていく上での考え方が違う。ボールはまじめだから引き下がれないし、男としてきちんと振る舞わないと未来はない、とわかっている。コリーはコリーで、「いや、大切なのは今の気持ちでしょう」と、今その瞬間を大切にする人。だから二人にはもう、言葉では説明しきれない感情のすれ違いがある。そのすれ違いみたいなものがとても切なくて、「お互いにちょっと寄り添えばいいのに。そんな難しい問題じゃないのに」と、じれったくなる。二人がつまらないことでこじれるからこその面白さもあるんです。物語のなかで描かれるのは、誰しもが共感できる、ささいなすれ違いばかりなんですよね。
稽古を進めるうちに、「ポールは友達が少ないタイプで、まわりから“ウザい”と避けられていた。そんななかで、天然の太陽みたいなコリーが、自分を差別しないで手を差しのべてくれた。そういうところに惹かれたのかな」と思えるようになりました。コリーとしては、彼の不器用さを目の当たりにして助けてあげたくなる。コリーにとって、ポールは大きい犬みたいな存在なんです。コリー役の高田さんとは、そんな物語をシェアし合っていて、現場ではときどき、「あー、よしよし」みたいな感じで頭をなでられているんですよね。
俳優・山崎育三郎さんと演出家・小池修一郎さん、二人との出会いが運命を変えた
今は役者として映像も舞台もたくさんのお話をいただき、ありがたく思っていますが、芸能界に入るまでは、芝居をしたいとは考えたこともなかったんです。単純に、「芸能人になりたい、テレビに出たい」と思って『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』に応募しました。そこでファイナリストになったのがきっかけで、芸能界に入ることができたものの、そのときも役者になりたいという思いは一切ありませんでした。
でも、なんの目標も持たずに漠然と芸能界に入ってしまったので、すぐに壁に当たって挫折してしまいました。甘かったんですね。1年半くらい活動を休止して、芸能関係から身をひいた時期もありましたが、音楽がやりたくて、ミュージシャンとして改めてデビューしました。そのころも役者にはまったく興味がなく、声をかけられたとしても、やる気はありませんでした。芝居はそれほど好きではなかったし、むしろ人前で演じるなんて、苦手だったんです。
初舞台となったミュージカル『テニスの王子様』のオーディションを受けたのも、音楽ライブをやるにあたって経験がなかったので、人前で歌う度胸を培うのが目的でした。『テニスの王子様』の原作が大好きなので、オーディションに受かったこと自体はうれしかったですが、芝居に出てみたい、というよりは、好きな原作に関わってみたかった、という消極的な動機でした。
ところが’12年に、『テニスの王子様』を演出された上島雪夫先生の作品『ミュージカル コーヒープリンス1号店』に出演することになり、そこで出会った同世代のミュージカル俳優・山崎育三郎さんによって、運命が大きく変わったんです。彼の歌と芝居に感銘を受けて、もう一度共演してみたいと思うようになり、それからは「自分ももっと本気でミュージカルに挑戦したい」と、気持ちが一気に変わりました。いっくん(山崎さん)と共演していなければ、こうした気持ちにならなかったはずです。
’13年に再演されたフランスミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のオーディションを受けたいと思ったのも、’11年の初演時に、いっくんがロミオ役で出演していたからなんです。彼は’13年の舞台には出演していないのですが、僕はオーディションの結果、ティボルト役を演じることになりました。
この作品で演出家・小池修一郎先生に出会い、そこからは転機に次ぐ転機です。『ロミオ&ジュリエット』で初めてグランドミュージカルを経験したときは、とてつもなく打ちのめされましたね。自分がそれまで歌ってきた歌唱法がまったく通用しなかった。小池先生にも、さんざんしぼられました。
さらに、稽古期間中、帝国劇場で上演される小池先生の演出作品『レディ・ベス』のオーディションを受けさせていただくことになったのですが、それまで何度もオーディションを経験してきたのに、緊張しすぎて会場で全然、歌えなかったんです。「自由に表現して」と言われたものの、ミュージカルとしての表現法がわからなくて、なすすべもなく立ちすくんでいるばかり。そうしたら、小池先生が「ここに椅子があるから、レディ・ベスが座っていると思って、今度はそこに向かって歌ってごらん」と言ってくださったんです。おかげで平常心をとり戻せて、何もない状況で歌ったときよりは、うまく表現できたという感触を得ることができました。人生でいちばん悲惨なオーディションの思い出です。
翌日も『ロミオ&ジュリエット』の稽古だったので、「昨日はすみませんでした」と謝ったら、「作曲のリーヴァイさんは、すごくよかったって言ってましたよ」と励ましてくださって。「いやいや、そんなわけない。むちゃくちゃだったし、外国の方は何をやっても表向きはOKを出してくれるだけなんだ」と自分の中では否定するばかりでしたが、結果的には、山崎育三郎さんとダブルキャストで、ヒロインの相手役として出演することができました。決まったときは半信半疑でしたが、「やるからには、いっくんを追いかけながらやり抜くしかない」と決意を新たにしました。ミュージカル俳優の道にしっかり導いてくださった小池先生には、感謝しかありません。
それからは、仕事をいただいた際には「自分は何もできない」ということを肝に銘じて、自分を過信しないように自戒しています。実際、いまだにどの現場に行っても、「自分がいちばんまともに歌えていない」と常に感じますね。稽古場では、歌唱がすばらしい方々ばかりが集まり、尊敬の念が募るばかりです。でも、だからこそ勉強していきたい。一歩一歩、成長していくためには、学ぶ気持ちを忘れてはいけない。さらなる刺激を求めて続けないと、そこで終わってしまう。ミュージカルを始めて約10年たちますが、「初心にかえる気持ちを忘れずに」と日々、自分に言い聞かせています。
今回のコメディ作品への初出演も、「自分を磨くための挑戦」という強い決意を持っています。ヒロイン役の高田さんが初舞台ということで、昔の自分を見ているような瞬間もあります。そういう意味では、年齢を重ねてきた今、もう一度改めて締め直さないと、という気持ちも出てきました。
『裸足で散歩』は、なんと言っても共演者のみなさんとのテンポのいい掛け合いが見どころです。ニール・サイモンの洒脱な喜劇の世界に没入していただき、この不安な状況下、少しでも心が軽く明るくなり、幸せな気持ちを抱いて劇場をあとにしていただけるような舞台を目指していきます。
(取材・文/Miki D’Angelo Yamashita)
【PROFILE】
加藤和樹(かとう・かずき) ◎’05年ミュージカル『テニスの王子様』で脚光を浴び、’06年4月、Mini Album「Rough Diamond」でCDデビュー。毎年CDリリースや単独ライブを行い、全国ライブツアーも開催するなど、精力的に音楽活動を続けるなか、俳優としてドラマ・映画・舞台でも活躍中。近年では声優としても注目されている。’21年4月にはアーティストデビュー15周年を迎え、『ローマの休日』ジョー・ブラッドレー役、『BARNUM/バーナム』フェニアス・テイラー・バーナム役で「第46回菊田一夫演劇賞」演劇賞を受賞。10月19日にNewミニアルバム『Nostalgia Box』をリリース、22日よりコンサートツアーがスタートする。
◎舞台『裸足で散歩』
原作:Neil Simon BAREFOOT IN THE PARK/作:ニール・サイモン
翻訳:福田響志/演出:元吉庸泰
出演:加藤和樹、高田夏帆、本間ひとし、松尾貴史、戸田恵子
【プレビュー公演】
2022年9月13日(火)/会場:有楽町よみうりホール
【東京公演】
2022年9月17日(土)~29日(木)/会場:自由劇場
【兵庫公演】
2022年10月1日(土)、2日(日)/会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
【大阪公演】
2022年10月5日(水)/会場:枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール
【神奈川公演】
10月8日(土)、 9日(日) / 会場:KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
【東京多摩公演】
10月11日(火) /会場:パルテノン多摩 大ホール
※公演詳細やチケット情報は公式HPにて→https://hadashidesanpo.jp/