「毎年、年に一度は舞台をやりたいなっていう思いがあります。欲を言えば2本くらい。稽古から本番まで、長い時間をかけてひとつの役に向き合って、チームで作り上げていく。その積み重ねの作業の中で得られるものが、本当に大きいなと感じるからです。そして、それは役者としてだけじゃなく、人としても豊かになれる期間だと思えるんです」
そう話すのは、ドラマや映画、舞台などで幅広く活躍する俳優・田中俊介さん(32)。常に出演作の絶えない彼が次に挑戦する舞台『ケンジトシ』は、宮沢賢治と妹・トシを描いた物語だ。
2020年6月に上演される予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大により断念、無期延期に。当初の予定から2年半の時を経て、’23年2月7日より幕を開けることが決定した。
田中さんの役どころは、中村倫也さん演じる宮沢賢治と、黒木華さん演じるトシに関心を寄せる男の助手・ホサカ。年明けから始まる稽古に先がけて、意気込みや役との向き合い方、強く影響を受けた人物についてお話を聞いた。
ひとりで台本を読んでいるときは孤独。人物像を共演者らと作り上げるのが楽しみ
「『ケンジトシ』は、わかりやすい物語ではないし、哲学的。でも、言葉一つひとつに温もりを感じる作品です。難しいからこそ、内容を噛みくだいていく作業が大変だろうけど、それも含めてこの作品の醍醐味(だいごみ)だとも思っています。いざ稽古が始まってみないとわからない部分が多いですが、信頼できる方たちが集まっているのは間違いない。演出の栗山民也さんをはじめ、共演させていただくみなさん、憧れてきた魅力的な方々ばかりなので」
今作で宮沢賢治を演じるのは中村倫也さんだが、実は田中さんも、’20年の舞台『銀河鉄道の父』で宮沢賢治を演じた経験がある。
「その作品をきっかけに、宮沢賢治の生き方やトシとの関係性などをかなり勉強しました。別の作品なので人物のとらえ方は違いますが、宮沢賢治の人生や歴史は頭に入っているので、再びその世界観に入るにあたっては、大きなプラスになると思っています。
今回の『ケンジトシ』も、舞台をご覧になる前に少しでいいので宮沢賢治の作品に触れておいていただけると、より楽しめるのではないか、と思います」
一度は延期になってしまった作品なだけに「待ち遠しかったし、ワクワクしています」と、田中さんの気持ちの高まりもいっそう強い様子。しかし一方で、
「舞台に限らずですが、台本を読んでひとりで準備しているときって、言ってみれば孤独なんです。自分なりに想像をふくらませてみるけど、どうしても独りよがりになりがちで、苦しい。現時点で僕が思い描いているホサカという人物は、きっと本番を迎えたときには、違うホサカになっていると思います。人物像は稽古が始まってから、みなさんと話し合いをしながら同じ空気を吸っていく中で、作り上げていくものだと思っているので、その作業がすごく楽しみですね」
初主演作の役作りは「無茶をした」。草なぎ剛や矢本悠馬から受けた影響とは
今ではさまざまな役どころを演じる田中さんが原点だと語る作品は、初主演を飾った映画『ダブルミンツ』(’17年6月)。
「漫画原作ということもあって、ビジュアルを寄せていくことを重視して、そこに集中した作品です。漫画のキャラクターが持っている線の美しさを表現したくて、14キロの減量をしました。やせていく段階で、身体だけじゃなくて心も削れていく感覚がすごくあって、いま振り返ると、ずいぶん無茶をしていたなって思いますね。
若かったから無茶した部分もあるし、それも、当時の僕だったからできたんだろうなって。役ととことん向き合うという観点で言えば、原点はこの作品でした」
『第44回日本アカデミー賞』最優秀作品賞を受賞した映画『ミッドナイトスワン』(’20年9月)では、こんな出会いと発見が。
「主演の草なぎ剛さんとの共演には、とても刺激を受けましたし、勉強になりました。凪沙(ニューハーフショークラブで働くトランスジェンダー)という役柄を演じられた草なぎさんの、儚(はかな)さにあふれている姿が美しくて。現場に入ると草なぎさんは、常に“凪沙として”その場にいらっしゃる。ちょっとした待ち時間でイスに座っているときも、休憩しているときも。でも、控え室では、そのまま自然体の草なぎ剛さんなんです。そのスイッチの切り替えの見事さも含めて、すべてから目が離せませんでした。
僕自身は、ずっと役に入っていないと落ち着かないタイプなんです。以前は現場に入っても、共演者の方とあまりコミュニケーションが取れなかった。余裕がなかったんです。でも、いろいろな現場を経験して、それこそ草なぎさんをはじめとした、役との“切り替えスイッチ”を持っている方たちに出会って、次第に変わっていきました。周囲のみなさんと何気ない会話をする機会も増えましたね」
もうひとり、オンとオフの切り替えがすごい人として挙げたのは、同年代の俳優・矢本悠馬。
「ドラマでご一緒したんですが、“用意スタート!”と声がかかる直前までは、現場のムードを率先して明るくしていたのに、スタートがかかった瞬間に泣きの芝居ができてしまう。“すごいな、自分とは全然違うタイプだな”と大きな刺激を受けました」
演じるときは観客側の目線も忘れない。自分自身に100点は出せないけれど──
自身も、映画を年に数百本も見るほどの映画好き。演じる際には、お客さん側の視点も忘れたくないと話す。
「多いときは、年に600本くらい見た年もありました。好きな監督や役者からも選ぶし、あとはジャケットが気に入って見てみることも。今は配信が主流ですが、昔はレンタルショップに行って、手に取ってパッケージを見て、“これにしよう”と選んでいましたよね。懐かしい! これって、失いたくない文化だなと思うんですよ。どんなに細々とでもいいから残ってほしい。……とか言ってますけど、配信も便利なのは事実ですからね(笑)。
演じることはもちろんですが、今でも、お客さんとして作品を見ることも好きです。だからこそ、演じるときは第三者目線での“好き”の気持ちものせる。これは昔から、変わらないですね」
数々の出会いと刺激を受けて、成長を続ける。しかし、どれだけ経験を積み重ねても自分自身に合格は出せないと、ストイックな一面も覗(のぞ)かせた。
「いまだにどんな作品に出演しても、自分で“よくやった!”という気持ちにはなれません。でも、誰しもそうだと思うんです。なかなか自分を完璧だと思えることって難しいと思うんです。ただ、“パーフェクトだという満足感はなかなか得られないけど、後悔はしていない。やることはやった”、毎回そう思えるように準備をして臨んでいる感覚かもしれません。
世の中にはいろうろな意見があるものの、“自分が演じた役は、そのときの自分の答えなんだ”と自分に言い聞かせるようになりました。もちろん、“これでよかったのかな”という迷いもあるから、100点は出せないけれど。でも、当時の自分の100パーセントを出したんだから、正しかったんだって。自分を信じてあげなくちゃなって思うようになったんです」
演じることの難しさと楽しさ、苦悩の先に見える喜び。その醍醐味を知った田中さんの瞳は、少年のようにキラキラと輝いていた。
【取材・文/高橋もも子、スタイリング/中川原有(CaNN)、ヘアメイク/奥山信次(b.sun)】
【PROFILE】
田中俊介(たなか・しゅんすけ) ◎1990年生まれ、愛知県出身。’17年、映画『ダブルミンツ』で初主演を飾り、その後も映画やドラマ、舞台など多岐にわたり活躍を続ける。近年の主な出演作に、【舞台】『銀河鉄道の父』『ピサロ』(’20年)、『ホームレッスン』(’22年)、【映画】『タイトル、拒絶』『ミッドナイトスワン』(’20年)、『僕と彼女とラリーと』『FUNNY BUNNY』『彼女』(’21年)、【ドラマ】『妻、小学生になる。』『鎌倉殿の13人』(’22年)など。’22年12月24日から主演映画『餓鬼が笑う』が公開中。’22年2月から、舞台『ケンジトシ』に出演予定。
【東京公演】2023/2/7〜2/28@シアタートラム
【大阪公演】2023/3/3〜3/10@サンケイホールブリーゼ
作:北村想/演出:栗山民也
出演:中村倫也、黒木華、山崎一、田中俊介ほか
※公演詳細やチケット情報は公式HPへ→https://www.siscompany.com/kenji2023/