「けっこう昭和のノスタルジックな町並みが好きなんです。きのうは子どもたちが映画を見たいと言ったので、下町の映画館に連れていって、僕は商店街を町ブラして古い店構えの餃子屋さんに入りました。
初めて行くお店だったんですが、食べログで調べました。家族で出かけるときはだいたいネットでご飯屋さんを調べて “そこの周りに子どもたちが遊ぶ場所はあるかな” みたいに探してますね」
玉山鉄二との再会はそんな雑談から始まった。
俳優デビューした10代のころからその美形ぶりで知られる一方、頭を丸刈りにして受刑囚役を演じた映画『手紙』、中国系ファンドからの刺客を演じた映画『ハゲタカ』、男性として19年ぶりに主演をつとめた連続テレビ小説『マッサン』など、着実に演技の幅を広げてきた玉山。
気がつけば40代の男盛りを迎え、2児の父となり、やわらかな雰囲気をまとっている。
息子と男ふたりで旅行に行ったり
「子どもをもって僕はだいぶ変わったと思います。うちは9歳と5歳なんですが、彼らが大人になって社会に出るようになったときに、すごく多様性があって澱(おり)が少ないような社会になったらいいなと思っているんですけど。
子どもに気づかされることっていっぱいありますよ。無意識に “これはなんでこうなの?”とか聞いてくるじゃないですか。それに対して、昔から決まっているからというロジックじゃ伝わらないんですよ」
──例えばどんなことでしょう。
「“なんで大人はいいのに子どもはダメなの?”と。そこをしっかり論理的に説明するのはいつも大変だと思います。YouTubeとかも、うちでは見られる時間を決めているんですけど、“子どもは時間が決まっているのに、どうして大人はいいの?”とか」
──もっと見たいのに、と。
「“パパは仕事で見てるんだよ” と言っていますけれど、本当に納得しているかどうか。とにかく好奇心旺盛でいろいろ聞いてくるので、うまく答えられないときは “パパはわかんないから、自分で調べてくれ”って言っています(笑)。
父親役を演じたことは何度もあったんですが、実際に子どもをもつとぜんぜん違いますね。今まで気にならないことが気になったり、逆に気になっていたことが気にならなくなったり、すごく意識が変わるんで。あまり世間の空気に惑わされないようにもなってきました。気づかないうちに自分なりの哲学とか理念のベースができてきたと思います」
前回、玉山にインタビューしたのは朝ドラ『マッサン』のころ。10か月以上におよぶ撮影がいよいよ大詰めを迎えていて、疲労の中にもたしかな充実感をのぞかせていた。
「『マッサン』は自分にとって本当に大きい作品でした。わかりやすく言うと、いい評価も大きいし、悪い評価も大きいし、苦しみも大きかった。いま振り返ると全部が大きかったです。だから撮影中はずっと走っている感覚でした。1回でも止まっちゃうと、なんか終わっちゃいそうな気がしていましたね」
収録はNHK大阪放送局で行われ、家族と離れて単身赴任の日々だった。
「子どもと数か月も会えないとか、スケジュールもすごくタイトだし、あまり睡眠時間もとれず、けっこうなストレスもありましたね。
ふだんと違ってヒロインが外国の方でしたし、気遣いやコミュニケーションの部分で、日本人どうしでも難しいのに言葉のこともあって大変だったし。でも大変だったけれど、その経験も本当に僕の身体の一部になっています」
──取材の日はインタビューのあと東京に帰るスケジュールだったようで、やたらチャキチャキと答えてくれたのを覚えています(笑)。
「あはは(笑)。1本でも早い新幹線で帰りたかったんでしょう。撮影中は “これが終わったら……”と思いながら、家族に会うのを楽しみにずっとやっていましたね」
いろいろと話をしていると、玉山は子育ては妻にまかせっきりというタイプではなく、積極的に家庭にコミットしているのがわかる。
『マッサン』で取材したころ長男はまだ2歳で、おみやげに新大阪駅でコンペイトウを買って帰るんだと言っていた。大好きなコンペイトウで機嫌をとったら、自宅近くの公園に連れていって一緒に滑り台を楽しみたい、とも。
「いまは男と女、両方いるんですけど、僕は男の子に対してはめちゃくちゃ厳しいですよ。女の子にはぜんぜん厳しくありませんが、やっぱり同性だから。
大人になったときのことを考えて “そんな甘くねーぞ”というのがあるんでしょうね」
──お兄ちゃんは、その扱いの差に不満は?
「感じてると思いますよ(笑)。だから、たまに男ふたりだけで旅行に行ったり。それでも、あんまり助けないようにはしています。
2月も一緒にスキーに行ったんですけど、スキーって滑るまでに準備することが多くてめっちゃ大変じゃないですか。ブーツをはいたり、ウエアを着て、重い板を持って……。周りの大人たちを見るとみんなやってあげているんですよね。でも、僕はぜったい手伝わないですもん。そのプロセスを経ないと楽しいことができない、というのをわからせたいと思って」
1回でもミスったら仕事がなくなる!?
──玉山さんが今の玉山さんになったのは何歳くらいなんですか。
「たぶん20代の後半ぐらいだと思います。ある作品をやっていて、何ひとつ自分の思い描いたとおりにできなかったんですよ。すごくショックを受けて、自分に自信をもてなくなった。カメラの前に立つのがすごく怖いし、俳優を辞めたいとも思いました。でも、そうならないように、すごく準備するようになったし、セリフをしっかり入れていくようになりました。
その後10年くらいたったころ、僕が悩んでしまった作品のスタッフさんがまた話をかけてくれて……。最初は出演するのを断ったんですよ。そのときのフラッシュバックがくるのが怖いし、またあんな思いをするのは嫌だなと思って。
でもよくよく考えたら、もう一度引き受けて自分が納得できる作品にすることができれば、もしかしたら僕の中でのうやむやが晴れるんじゃないかなと思って受けたんですよ。結果的に監督さん、脚本家さん、プロデューサーさんからも評価していただいて。それでようやく自分を取り戻せたというか、背負っていた大きなものが降ろせた感じはします」
──そんなことがあったんですか……。
「だからその作品を撮っているときは、気が気じゃなかったですよ。死にものぐるいで僕はやってましたね。
最初の作品のときも、自分なりにいろんなことを考えて現場に入ったんです。でも世界観がちょっと独特で、20代の僕はそこに対応できなかったんですね。かといって作品自体や僕の演技があれこれ批判されたわけでもないし、なんなら “すごく良かったよ”と評価もいただいていた」
──では、ひとり玉山さんだけが感じていた違和感だったんですね。
「当時の関係者の方とまたお会いすることができて、食事をしながら “実はこういうことがあって受けるのを怖がっていたんです”みたいな話を打ち明けたんですよ。そしたら全然気づいてないし、 “え、いい作品だったじゃん”みたいな話で終わり(苦笑)。
周りがなんとも思っていないのに、僕ひとりでこんなに苦しんでいたんだって知ると、すごくちっぽけだなぁと思ったし、自分のメンタルの弱さを痛感したし」
──でも仮に1回失敗したとしても、そこから復活した経験がある人は強いと思います。
「たぶん当時の僕は1回でもミスったらもう仕事がなくなるって思っていたんでしょうね。幸いなことにお仕事をたくさんいただいて光栄だったんですけれども、そういう状態が続いて疲弊していた部分があったのかもしれないし。
そこからあまり自分に対して期待をしなくなったというか……。自分自身に対して期待しすぎる人生を選ぶと、たぶん僕はもたなかったと思います」
とはいうものの、その後20代後半から30代にかけてはNHK大河ドラマ『天地人』『八重の桜』をはじめ、民放の『BOSS』シリーズ、映画『ハゲタカ』『ノルウェイの森』、そして前述した『マッサン』など、どんどん新たな境地を開いていく。
──意外です。はたから見ると、すごく充実しているように見えました。
「年齢を重ねていくにつれて、この仕事の大変さというか、自分が商品であることの孤独さとかがわかってきたような気がします。
でも、話していないだけで、俺、みんないろいろあると思うけどね。絶対あると思う」
──それにしても、誰にも話さないというのは強いですね。
「僕の性格上、話してもしょうがないと思っちゃうんですよ。話したら話したで、それ相応の答えが返ってこないとイラついちゃうし。だから仕事に限らず、あまり自分の悩みみたいなものはシェアしないですね。
答えが返ってこなくても、吐き出すことで昇華される人もいるじゃないですか。ただ僕の場合、話しても解決につながる何かがないと不毛かなと思っちゃうので」
──そもそも、どういうきっかけで俳優を志したんですか。
「最初はすごく浅はかで、有名になりたいとか、チヤホヤされたいとか、そういう感じでしたね。今とは真反対です」
──今はチヤホヤされたいという思いはない?
「まったくないです。さっきも言いましたけど、別に自分に期待していないし。褒められたり評価されたりすると、かえって居心地が悪い。若いころとはぜんぜん違いますね。
役者を始めてもう20年ちょっとたちますが、たまたま昔の作品を見たりすると、なんか今の自分よりも大きく見えるときもあるし。不思議ですよね」
そっと背中を押してくれる作品に
最新作は主演映画『今はちょっと、ついていないだけ』(2022年4月9日公開)。
玉山はかつては時代の寵児(ちょうじ)となった人気カメラマンだったが、ある事情で表舞台から姿を消した主人公・立花浩樹を演じている。
「ここ最近の日本の風潮として、いちど失敗するとリスタートを切るのが難しかったり、セカンドチャンスがすごく少ないとか、だんだんミスが許されない時代になっちゃっているじゃないですか。そういう世の中だからこそ、こういうそっと背中を押してくれるような作品がハマるんじゃないかって。
僕自身もそうでしたが、この映画の主人公みたいな挫折だったり心の闇というのは、40代を迎えるまでには誰もがもっている部分だと思うんですよね。そこに対して蓋(ふた)をしたり見ないようにする人生を歩むのか、ちゃんと向き合う人生を選ぶのか……。みなさんが共感できるキャラクターになればいいなと思って演じました」
主人公・立花浩樹は20代前半のころ、世界の秘境を旅するドキュメント番組『ネイチャリング・シリーズ』に出演し脚光をあび、ベストセラー写真集も出したが、今はすっかりうらぶれているという設定。
「今回の映画で、立花が昔の自分の映像をしみじみ見ているシーンがあるんですが、あの感覚が僕はわかるというか……。今の自分を奮い立たせるために、つい見ちゃうときもあるのかもしれないし、当時の自分がすごく強く輝かしく見えることもあると思うし。
この感覚って、たぶんこういう仕事をしていないとあんまり味わえないと思うんで」
──そうかもしれません。芸能人の方の場合は形として残っていますもんね。
「そう。例えば大きなプロジェクトに関わって大成功した方が、昔の資料を見ながらふと思いにふけったりするのかもしれませんが、映像として明確に残っているのは、あんまりないですよね」
振り返れば、若き玉山が一躍注目されたのは21歳のときに出演した『百獣戦隊ガオレンジャー』のガオシルバー役。ドラマ中盤から登場した「第6の戦士」が、主役のレッドやブルー以上にお母さんたちから人気を集めたものだった。そこから俳優として少しずつ足場をひろげていった。
「もちろん演技のテクニックや知識は今のほうが絶対にたくさんもっているに違いないのに、やっぱりあのときの自分ってすごく輝いていたなとか、力がみなぎっているなとか思いますし、本当に不思議なんですよ。
今回の映画の立花にしても、かつて脚光を浴びた自分にあまり誇りをもてないでいるんですが、それでも自分の過去に向き合って前に進もうとするんです」
彼に写真を撮る喜びを思い出させてくれたのは、シェアハウスに集う不器用な仲間たちとの笑顔の日々。失職したテレビマン、将来に悩む美容部員、復活を望むタレント芸人。立花も彼らもゆったり流れる時間の中で、それぞれの心が本当に求めるものを見つけ出そうとしていた。
「この映画に出てくる人ってみんな不器用だけれどピュアなんですよね。ただ生き方が下手くそなだけで。でも、何が正解かってきかれたら、社会的に成功してお金をもうけてっていうのが幸せなのか、本当にピュアで生き続けるのが幸せなのか、もうわからないじゃないですか。
子どもを育てるにあたっても、純粋な思いでいえばずっとピュアに育ってほしいと思うけど、社会に出ることを考えたら、やっぱり多少は汚いものも教えてあげなきゃいけないのかなって思うじゃないですか。その予防線を張るというか、どこかずる賢さがないとうまく立ち回れない世の中になってしまっているというか。でも親が子どもに“ずる賢さを教える”って、ちょっと違くないですか!? すごく難しいなぁと思います」
──これからも俳優人生が続きますが、玉山さんはどこに向かっていくのでしょうか。
「そこについては特に何も考えていないですね。僕があれをやりたい、これをやりたいといって作品が成立するわけでもないし。裏を返せばこういう自分を提供したいとか、こうありたいというのはないってことで。
でも、昔はいわゆる “かっこいい役”がすごく多かったなか、このところ『全裸監督』シリーズにしてもすごく変な役(笑)。そこを自分で切り開いていけたのかなとは思います」
──そういう役をやらせたいと思う人がいるってことですよね。
「たぶん昔の自分も、やれと言われていたらやっていたと思います。ただ “やってくんないな”とか“玉山にこれはさせられないな”と思われていたんでしょうね。自分自身ではそこまで変わった印象はないんですけど」
近年は実写版映画『ルパン三世』の次元大介、明石家さんま本人を演じたドラマ『Jimmy 〜アホみたいなホンマの話〜』、赤塚不二夫を演じた『バカボンのパパよりバカなパパ』もあった。セックス依存症の妻をもつ『雨が降ると君は優しい』も、政治部の新聞記者を演じた『トップリーグ』も印象に残る。
──役をつかむために努力していることはありますか。
「本当に意識の問題だと思うんですよ。自分が “できない”と思ったらそこで止まっちゃう。自分にその要素が少しでもあるんだったら、僕は積極的に全部やろうと思っています。
だから、すごく調べて準備をします。実在の人物を演じるときは、昔の映像があるんだったらめちゃくちゃ見ますし、そうでなくてもひととおり資料にあたりますね。オファーをいただいたら、そのオファーに期待値以上でお返しして、作品のクオリティーを上げていくことが俳優の仕事だと思っています」
《作品情報》
映画『今はちょっと、ついてないだけ』
出演:玉山鉄二 音尾琢真 深川麻衣 団長安田/高橋和也
監督・脚本・編集:柴山健次
2022年4月8日(金)新宿ピカデリー他全国順次ロードショー
公式サイト https://gaga.ne.jp/ima-tsui/
(c)2022映画『今はちょっと、ついてないだけ』製作委員会
《PROFILE》
たまやま・てつじ/1980年4月7日、京都府生まれ。身長182cm。1999年ドラマ『ナオミ』で俳優デビュー、2005年『逆境ナイン』で映画初主演を果たす。2009年映画『ハゲタカ』で日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。2014〜2015年NHK連続テレビ小説『マッサン』では、主人公の“マッサン”こと亀山正春を熱演。
公式サイト https://merrygoround.co.jp/tetsuji-t