4月3日から始まった朝ドラ『らんまん』の2話、“おディーン様”ことディーン・フジオカさんが出演した。幼い主人公・万太郎(森優理斗)が裏山の神社で出会う“天狗”だった。といっても、舞台は高知。マントにブーツその他諸々の姿で木の上から飛び降りてきた、そこから坂本龍馬感満載だった。
そしてディーンさんの龍馬、とてもカッコよかった。3話では、タイトルバックの前の2分間、万太郎を肩に乗せた龍馬がほぼ1人で語った。「(みんな)己の心と命を燃やして、何かひとつ、事をなすために生まれてくるがじゃ。誰に命じられたことじゃーない。己自身が決めて、ここにおるがじゃ」「お前も大きゅうなったら何でもできる。望むものになれるがやき」。そして最後に万太郎に問いかける。「お前は何がしたいがぜ?」
とっくに大きゅうなってしまった私だが、胸が熱くなった。そうだ、何にでもなれる、自分で決めた道を歩くんだ。そんな思いが湧き上がってきた。もう還暦過ぎてますけど、と自分で自分にツッコミを入れつつ、ちょっと涙がにじんだ。直球ど真ん中で、堂々と自分の人生を生きる意味を説く。それが朝ドラのよきところで、人はいくつになっても励まされる。そのことを再確認した。
おディーン様の坂本龍馬は“内野超え”のハマり役に!?
ディーンさんが“おディーン様”になったのは、朝ドラ『あさが来た』(2015年度下期)だった。ヒロイン・あさ(波瑠)の商才を認め、応援する五代友厚役で一挙にブレイクして以来、数々のドラマで主演をしていたが、個人的には見るたびちょっとモゾモゾした。彼自身、カッコよさを持て余している。そんなふうに感じたのだ。
龍馬は、ピタリとハマっていた。これまで「マイ・ベスト龍馬」は『JIN-仁-』(TBS系)で内野聖陽が演じた龍馬だったが、「内野超えか?」と思ったほどだった。五代といい龍馬といい、ディーンさんは「昔」が合ってる。そう思った。どうしてかと考えるに、カッコよすぎるのだと思う。整いすぎていて、「今」にそのままいると、リアルでないというか、浮くというか、どうも収まりが悪い。その点、歴史上の人物なら、そもそもリアルでないわけで、カッコよすぎて構わない。
理想の上司のような松坂慶子のたたずまい
そして『らんまん』にはもう1人、「昔だと、カッコよさを存分に発揮できる」人がいた。万太郎の祖母・タキ役の松坂慶子さんだ。江戸の末期、由緒ある造り酒屋・峰屋を率いる大奥様という役どころ。夫も息子も亡くし、息子の妻=万太郎の母(広末涼子)は病で床についている。必ず万太郎を大きくし、峰屋を継がせる。その思いがタキを強くしている──ということが、松坂さんのたたずまいから伝わってくる。
実質的な当主を務めていられるのは並々ならぬ力があってこそだが、それでもナメられる。分家にあたる親戚が万太郎の陰口を言う。「ただでさえ、酒蔵仕切っているのが、ばあさま」だと付け足す。タキがこう言う。「分家の分際で何を言うた。もう一度、言ってみ」。親戚の言い訳に「はっきり言うちょく。おまんらがいくら束になろうが、万太郎1人にはかなわん」。
身分制度が前提とはいえ、上に立つ者のあり方を示してくれる。番頭の息子である竹雄(井上涼太)に、家の仕事はせず万太郎のことだけを気にかけよと命じた。まずは「お前は働き者で、将来はいい番頭になるだろう」と褒め、それから「万太郎だけを見よ」と言い、最後は「万太郎が黙って出ていく。そんなことが次あったら、おまんの落ち度じゃき」と締める。果たすべき役割、責任の所在をはっきりさせている。説明なくして信頼なし。できる管理職の姿だった。
ディーン・フジオカと松坂慶子のハンサムぶりと堂々ぶり
松坂さんは朝ドラに出ると、いつも素敵だ。若き日の水木しげるとその妻を描いた『ゲゲゲの女房』(2010年度前期)が初出演。戦争から帰ってきてから、いろいろあってすっかり働かなくなった夫に代わり、貸本屋を営んでいた。優しさにあふれているが、その奥にある悲しさも伝わってきた。『まんぷく』(2018年度後期)は「わたしは武士の娘です」が口癖という、ヒロイン(安藤サクラ)の母親役だった。甘えているようでいてたくましく、空気を読まないようでいて、実は巧みに絶妙なタイミングで本音を言う。そんな女性だった。
松坂さんという役者の演技の幅は、「可愛い」と「堂々としている」の間にあると思っている。勝手な観察だが、「今」を描くドラマの松坂さんは「可愛い」寄りになる気がする。「今」ゆえに、悩めるシニアといった役が多くなり、松坂さんの可愛さで深刻さを回避しているのではないかと思う。
その点、朝ドラの松坂さんは「昔」にいる。『らんまん』は目下、江戸時代だし、『ゲゲゲの女房』も『まんぷく』も主に「戦後」を描いた。すると松坂さんの「堂々と」成分が上がる。「堂々と」寄りを経て、『らんまん』は100%「堂々と」になった。「今」よりも直球勝負で生きた時代だったし、「昔」なら距離をとって見られるから「可愛い」成分を足して当たりをやわらかくする必要がない。そんなこんなで、松坂さんがカッコいい。
おディーン様のハンサムぶり、松坂さんの堂々ぶりは「今」より「昔」。何となくわかっていただけただろうか。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。