『らんまん』第4週、万太郎(神木隆之介)と綾(佐久間由衣)はやぶから棒に「おまんら2人、めおとになれ」と命じられた。そこから幸吉(笠松将)が既婚者だと発覚し、なんだかんだを経て、綾は万太郎との結婚を受け入れると表明する。オーマイガッ!
幸吉は一瞬の農作業シーン(妻に汗を拭いてもらっていた)を最後にフェイドアウトするらしく、「たぶん退場しない」などと1週間前にこのコラムで予告してしまった私は、綾以上につらい。というのはウソだが、どうでしょう、この展開。
「めおと」を命じたのは祖母・タキ(松坂慶子)で、2人は実はいとこ同士だという。姉弟として育ってきた2人だから、それぞれが「無理」と反応する。当然だと思うけれど、タキはこう返す。「おまんらは、いびつながじゃ」。万太郎は当主なのに植物に夢中、綾は女なのに家業に執着している。だから一緒になればちょうどいいし、峰屋も安泰。そういう理屈だった。
「人より家」の祖母に綾は、「私にも好きな相手ぐらいおったがよ」と叫んだ。家を飛び出し、走り、幸吉のいる村に着き、既婚者だと知る。再び走り出し、山道で転ぶ。そこで、綾の台詞。「何をやりゆうがじゃろ」。
よくわかった。誰かを好きになって、勝手に突っ走った挙句、完全に一人相撲だと知る。カッコ悪いこと、この上なし。何をしてんだろう。自分で自分が情けない。そんな体験をしてない女性がいたら、会ってみたい。きっと全国の女性視聴者が、「わかる、わかる」とうなずいていただろう。が、そこからなぜか自由民権運動の集会場面になる。えーー。
自分のことをネガティブに語る綾
集会場に綾がいて、万太郎もいる。演説をする濃いめの弁士(宮野真守)の「役立たずの雑草」という一言をきっかけに、万太郎が演説をすることになる。見守る綾と竹雄(志尊淳)──って、『らんまん』、詰めが甘いと思う。
何度も書いているが、男性の、しかも金持ちお坊ちゃんが主人公なのだ。共感ポイントが見えない女性視聴者のために、綾がいるのだ。それなのに、自由民権運動って。と小さく憤る私なのではあるが、気を取り直して竹雄の話をする。「綾が心情を語る相手」として、存在感を増してきた。これから2人の恋愛が描かれるだろうと思いつつ、「幸吉退場」で予想を外した身なのでその話は置いておく。
19話、綾は竹雄に幸吉を訪ねたと明かす。農作業の真っ最中で、可愛いお嫁さんもいた、と。そして「幸吉のことらあ、何も知らんまま、自分が酒を造りたいばっかりに、なんて、強欲ながじゃろう」と言う。
強欲だなんて。現代では、カルロス・ゴーンさんあたりに使われる言葉だ。目の前にある好きなことを仕事にしたいと望んでいる。それだけなのに。しかも綾が自分をネガティブワードで語るのは、初めでではないのだ。12話でお見合いに失敗し、タキに「恥をかかされた」と叱られた。そのことを、竹雄に語ったときもそうだった。いわく、お膳に酒が出て、飲んでしまった。峰屋の酒が博覧会に出品されることが決まっていて、そちらが気になり「見合いどころじゃない」と言ってしまった。自分が機嫌よく片づけば、みんなが幸せなことはわかっている。なのに、「自分のことばかり。醜いよ」、と。綾の言葉が、悲しく響く。
『半分、青い。』でもヒロインに寄り添った志尊淳
話は変わるが、志尊さんは朝ドラ2度目の出演だ。『半分、青い。』(2018年度前期)で、ゲイの青年「ボクテ」を演じていた。ヒロインは、片耳が聞こえない鈴愛(永野芽郁)。2人とも著名な漫画家のアシスタント。初対面の日、ボクテは自分から、「ほら、僕ってゲイじゃない」と名乗る。「僕って」だからボクテ。その日、鈴愛は故郷の母に電話をする。ここは耳が聞こえないことがハンディじゃない、物語でしか知らなかったゲイもいる、描くことがすべてなのだ、と。ヒロインの世界が大きく広がる、その瞬間が描かれた。ボクテは優しく才能と野心があり、問題を起こし破門される。最終回まで、鈴愛の親友だった。
『半分、青い。』は、北川悦吏子さんの作品だ。『愛していると言ってくれ』など大ヒットドラマを書いてきた脚本家が、朝ドラを通じて書きたかったことが端的に表れていたのが週タイトルで、すべて「〜したい!」で統一されていた。鈴愛がボクテと出会った週は「叫びたい!」、ボクテが破門された週は「デビューしたい!」、最終週は「幸せになりたい!」だった。「〜したい!」つまり「欲望」は美点、カッコ悪くても、ずるくても、それが人生だよ。北川さんは、「!」でそう訴えていた。
それから5年。ボクテ、否、竹雄は「欲望」どころか「気持ち」も抑えに抑える役どころだ。「綾さまの欲は、前に向かうための力じゃ」と言ったのに、「お慕いしている」と言いかけて、「尊敬している」と修正する。そんなことだから、って別に竹雄のせいではないが、綾は4週の最後、「おばあちゃんの言うとおりにする」と竹雄に告げる。竹雄は、あなたが誰と結婚しても忠義は変わらない、「一生、お守りすると誓います」と返す。綾と竹雄、どちらもいろんなものを抑えすぎだ。
さて、このまま万太郎と綾は結婚するのだろうか。「阻止したい!」。私の中の北川悦吏子さんが叫んでいる。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。