『らんまん』第13週、万太郎(神木隆之介)と寿恵子(浜辺美波)は祝言をあげた。タキ(松坂慶子)は昔を思い出していた。幼い綾に、「万太郎も笑いゆ。綾に会えてうれしい言うて。綾の弟になるが。かわいがってくれる?」と言っていたのは万太郎を抱いたヒサ(広末涼子)。「今日から、わしら家族になるがじゃ。血のつながりじゃのうて、縁(えにし)でつながる家族にの」とタキ。温かな、よいシーンだった。いろいろあったから、カットされずによかったなーと思う。ナレーションでタキの死が告げられた。
万太郎は、「必ず幸せにする」と寿恵子に言った。寿恵子は「草の道、私も一緒に行く」と万太郎に言っていた。だけど、どうも前途洋々と言いづらい。何度も書いてきたが、お坊ちゃん育ちの万太郎の生活能力がとても心配なのだ。それをはっきり口にしてくれたのが、寿恵子の母・まつ(牧瀬里穂)だった。
祝言にやってきて、峰屋の大きさを目の当たりにするまつ。その家をあっさり捨てる万太郎を「すごいと思う」と無邪気に語る寿恵子。まつは「いいや」と軽く否定し、こう言う。「生まれながらにお持ちだったから、失くすということをご存じでない。一人前の男が実家を離れてやっていく。ご立派だよ。でもあんたが苦労するのが目に見えてる」。
さすがまつ、万太郎の最大の弱点を見抜いている。寿恵子の発案で、図鑑を「八犬伝方式」、つまり少しずつ出していくという「生活設計」を聞かされたまつだったが、その心もとなさを見抜いている。幸せの向こうに、影が見える。そんな13週だった。もう一人、幸せの向こうに影を予感させてくれた人物がいた。竹雄(志尊淳)だ。
竹雄の愛の告白に、峰屋を背負う綾は──
始まりは、綾(佐久間由衣)が酒造組合を作ろうと思い立ったことだ。税金、闇の酒、それへの対策として提案するが、他の酒蔵からは相手にされない。峰屋が「殿様商売」をしてきたこと、当主が女性であること。それが原因だとはっきり言われる。帰り道、綾は竹雄に、自分は峰屋の将来を閉ざす「呪い」だと言い、こう続けた。「のう、竹雄。夫婦(めおと)になろうか」。
竹雄は「嫌じゃき」と返す。欲しくてたまらない言葉だが、今の綾さまからは欲しくない、と。ならどうすればいいのだと問う綾に、竹雄はよそを出し抜いて闇の酒を作ってはどうかと提案する。「嫌じゃ」と、今度は綾が言う。誇りがある、と。竹雄は「誇りじゃ、生き延びていけんき」と言い、「ほんなら、のう。滅ぶがやったら、滅んだらええ」と言う。
東京から戻り、峰屋の経営の厳しさを見てとった。そのうえで、綾へ愛を告白する。あなたは呪いではない、祝いだ、あなたこそ峰屋の祝いの女神だ。だから、「峰乃月はうまい、うまい」と笑っていたら、それが「最上の寿ぎ」だ、と。行けるところまで、あなたと行く。行けるところまでしか行けないから、思うように進め。そんな、哀愁を帯びた告白に聞こえた。
綾は、「そんなが、ただの飲んだくれじゃ」と混ぜ返す。「そうじゃ、飲んだくれの女神じゃ。わしはそういう女神さまに欲しがられたいがじゃ」と竹雄。「竹雄、めんどくさいき」と綾。綾は竹雄ほど悲観的になってない気もする。それはよいことなのか、どうなのか。そんなふうに見ていると、綾が竹雄の手に手を重ねた。見つめ合う二人。綾が唇を近づけていく……。
朝ドラの歴代キスシーンと比べてみると
するといきなり、カメラが遠くなった。しかも二人が完全にぼやけている。手前の狛犬(こまいぬ)にピントが合っていて、ここは幼いころの万太郎が天狗ならぬ坂本龍馬(ディーン・フジオカ)と会った神社なのだとわかったけれど、ちっともうれしくない。狛犬よりキスでは? それとも朝ドラってキス禁止?
一瞬そう思ったが、そんなことはない。例えば『あさが来た』(2015年度後期)。ヒロイン・あさ(波瑠)は夫・新次郎(玉木宏)の突然のキスに、ずっと目を開いたまま。新次郎が離れると、「今の、何だす?」
『スカーレット』(2019年度後期)はヒロイン・喜美子(戸田恵梨香)の夫・八郎(松下洸平)が人気になり、「八郎沼」という言葉も流行(はや)った。まじめそうに「僕も男やで」と言ってからのキスは、「沼落ち」組にはたまらなかったに違いない。ことほどさように朝ドラにもよくあることなのに、なぜ竹雄&綾のキスだけ遠くぼやけていたのだろう。
「未来への不穏さ」があるから。そんな気がしてならない。『あさが来た』『スカーレット』はこれから夫婦として歩んでいく、幸せの予感に満ちたキスだった。だけど峰屋には不幸せの影があり、二人のキスを能天気に映すことができない。結果、遠くてぼやけたキス。そんな深読みをしたのだ。
でも。峰屋には不幸が待っていたとしても、二人の関係はすごく幸せだと思う。茨(いばら)の道をともにしたい相手こそ人生の伴侶だし、竹雄と綾ならなんとか峰屋を立て直せるかもしれない。これからの万太郎&寿恵子より、竹雄&綾が気になる──。
と思っていた6月30日、とんでもないニュースを目にした。志尊さんがツイッターを更新し、「来週からは一視聴者として楽しみます」と投稿したという。えー、竹雄、もう出ないの? 綾も? 峰屋の行く末もスルー? などなど、心が乱れての『らんまん』折り返し。竹雄&綾が消えるって、ありえない。と思う。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。