スーツを粋に着こなし、物腰も柔らかな小山内秀友さん(国際警護会社CCTT代表/国際ボディーガード協会 副長官兼アジア地域統括責任者)。それでも、服の上からでもはっきりとわかる胸板はがっしりと厚く、眼力も半端なく鋭い。世界中で壮絶な警護の現場を踏んできた敏腕ボディーガードが、あの銃撃事件の根本的な問題点をあらためて指摘する。(全2回の前編)
安倍元首相銃撃 警護の最大の問題点
──プロのボディーガードである小山内さんから見て、安倍元首相銃撃事件での警護の問題点はどこにあったと思いますか?
まずそもそも、あの場所で安倍元首相に街頭演説をさせてしまったということが警護のやり方として失格だと思います。今回、銃撃というところに注目が集まっていますが、あの場所にトラックで突っ込んでも簡単にテロを実行できますし、周りを建物に囲まれていて狙撃もしやすい場所ですし、事前に爆発物も仕掛けやすい場所です。
警護体制だけではなくて、地理的に問題点が大きすぎたというのが一番にあります。警護側からすると、なぜあそこで街頭演説させたのかと。警察はその後の検証で、安倍元首相が演説した場所の背後に車がなかったとか、盾になるものがなかったなどと説明していましたが、そうではない。もっと根本的な問題点があると強く感じました。
最初は襲撃者が相当優秀なのではないかという分析がなされたようですが、どうもそうではない。今回、警護側に問題があるというのは警護のプロであればすぐにわかります。
実際、あの襲撃の瞬間の動画を報道などで見た海外の警護のプロたちは「警護員がなぜこのような配置で立っているんだ?」とか「全然後ろを見ていない」とか「そもそもここで演説をやることが問題なのではないか」などと今回の警護そのものに疑問を投げかけていました。
運よくたまたま今まで何も起こらなかっただけで、実は隙だらけの弱い警護体制だということに警察が気づいてなかったことが問題であって、あの時の奈良県警の対応がなっていないとか、警護員の立ち位置が問題という、表面的な問題ではないんです。
今回の銃撃で僕ら警護のプロの目から見て一番大きな問題点がありました。実はあまり報道もされていなかったのですが、それは何かというと、安倍元首相が銃撃を受けてその場に倒れた後、安倍元首相がしばらくの間、その場に留め置かれたということです。
僕ら警護の世界では、襲撃とか緊急事態が起きた時にやるべきことは2つしかありません。専門用語で「Cover & Evacuate(即時介入&現場退避)」と呼ばれる2つの行動です。
安倍元首相はなぜ現場に留め置かれたのか?
Coverというのは「Body Cover(ボディー・カバー)」といって、脅威となるものがあった時に、守る対象と脅威との間に自分で割って入ってカバーをする(守る)フィルターになるというのが、まず1つ目の行動です。
ただフィルターだけでは、例えば自分が撃たれたら、まだ警護対象者がいますし脅威者も残っている。脅威者が取り押さえられていたとしても、もしかしたら他に仲間がいるかもしれないし、脅威者が悪あがいて最後にもう1発撃つかもしれない。もしかしたら、彼がおとりで別の仲間が襲撃してくるという可能性も大いに考えられるわけです。
常に次の攻撃者、次の攻撃を想定して行動しろというのが基本的な緊急時の行動なので、Cover & Evacuate(即時介入と現場退避)、 特に現場退避は絶対しなければならないことなのです。たとえ警護対象者が死んでしまっていようが、極端な話、首がなくなった状態でいようが、散ってしまった身体の部位をかき集めて車に乗せて、とにかく緊急退避する。
このCover & Evacuateは警護の緊急時に絶対にやらなくてはいけない。他のことができていなくても、これができないといけないっていうぐらい、警護の基礎中の基礎です。
一般的な警察の行動は、犯罪行為などが行われた際、犯人を取り押さえることです。そのため今回も、現場から犯人を逃さないため、また証拠品などを押収するため、警察はすぐに道路封鎖をしました。
しかし、道路封鎖をしたために、外側にいた安倍元首相の車が入れなくなった。さらに周辺は大渋滞が起きて、救急車も容易に入れなくなってしまったんです。一方で現場退避もできていない。必然的に安倍元首相への応急処置も遅くなる。安倍元首相は数十分も放置されてしまった。これは完全に警護計画のミスでしかありません。
小山内氏が考える「警護計画」とは?
──もし小山内さんが警護を指揮するとしたら、どのような警護計画を立てていましたか。
普通は警護するときには、大きく4つのステージを踏みます。僕らがステージ1と呼ぶのは「情報収集」の段階。最初に警護に必要なありとあらゆる情報を集めます。
例えば、警護対象者がどういう人か、どういう場所に行くのか、いつ行くのかなどの情報を集めます。さらに実際そこにはどういう人たちが集まってくるのかというようなことなどを、徹底的に情報収集します。
この情報収集に1か月から2か月かけることもあります。その集めた情報を細かく分析をしていって、実際どういう危険が起こりうるのかというシミュレーションをして、あらゆる危険の可能性を洗い出して、危険が起こりうる可能性をひとつひとつ吟味していく「脅威評価」を行っています。この脅威評価に基づいて警護の計画を立てるのです。
例えば、雨が降っている日、警護対象者が歩いて移動するとします。そして、対象者が歩いていく途中には、大理石の床があります。このような環境を事前に知っているからこそ、そこで「滑って転ぶ」という危険の可能性が想定できるわけです。
僕らはその場所に対象者がさしかかった時に、転ぶ可能性があるから、そこを歩かないように誘導するとか、どうしてもそこを歩かなくてはいけない時も、通常よりも僕らが対象者に近づいておいて、転倒しそうになったら、ぱっと抱えられる心と身体、そして距離感を準備しておきます。それが「警護を計画する」ということなんです。
つまり情報があって脅威の分析をし、それを根拠にどう警護するかということをシミュレーションして計画を立てるのです。情報収集、脅威評価、警護計画、警護の実行という4つを、順を追ってやっていかなくてはいけないのです。
まず、その警護をする場所に対して、どこまでをその警護エリアとするかという境界線をまず明確にします。その上で、例えばこの境界線に入ってくる人間に対して、どういうチェックをするのか。この中で何か起こった時、外に出るためにどういう風に逃げることができるか。そういうルートを常にイメージし計画に盛り込む必要があります。
「人間の盾にならない」警護の本質
──ボディーガードやSPは「人間の盾になれ」と言われると聞きます。 このことについてどう思われますか。
「人間の盾になれ」という話は中世以前の話、つまり大昔の時代遅れの話です。警護の手法には大きく「トラディショナル・プロテクション」と「モダン・プロテクション」の2種類に分けられます。
トラディショナル・プロテクションというのは、古典的警護手法と訳されています。一方のモダン・プロテクションは近代的な警護手法という意味です。この2つ、何が違うかというと、かつての攻撃者は実際フィジカル的にダイレクトに攻撃をしてくる。例えば、殴りかかってくる。刃物で刺す、刀を振り回す、槍で突くとかです。
昔は身体への直接攻撃っていうのがメインだったので、警護する側も身体を鍛えて、とにかく身体の大きな人間が剣術とかを覚えて戦って守るというやり方で、実際、当時はそれでよかった。
近代的な警護手法は少し変わっていて、例えば爆発物を仕掛けて、 遠隔で爆破させたり、危険な薬品をばらまいて人が次々に倒れたりとか、遠隔的な攻撃や距離を取った攻撃とか、また直接的な攻撃ではないけれども、放っておくと後々問題になってくるような間接的なものです。このように攻撃手法が増えてきている。これに対して当然、守る側も警護手法を変えていかないといけなくなりました。
僕がイスラエルで警護を学んでいた時に、現地の教官に「おまえがどんなに身体を鍛えようが、どんなに射撃の腕がよくなろうが、爆弾を抱えたテロリストが目の前に来て、スイッチを押そうとしている状況でおまえができることなんか何一つない」と言われたのです。「相手を殴ろうが蹴ろうが、カチっと爆破ボタンを押されたら死ぬぞ」とも言われました。
真の警護はそうではない。自爆テロリストの攻撃を受けたくなかったら、どう戦うかではなく、どうしたらそのテロリストが近づいてこないようにするか。未然に防ぐかということに力を入れないといけない。目の前に危険が発生してから守れるか守れないかは、もはや運でしかない。
運がよければ先に相手を倒すことができますが、運が悪かったら先にボタンを押されてしまう。僕らボディーガードは、プロとして、運で仕事をしたらダメなんです。「どうしたら確実に守れるか」ということを考えて、「未然にどう防いでいくか」ということを実践していかなくてはいけない。
僕らの業界で「10分の1の法則」という言葉があります。準備をしていなければ、10回襲撃される可能性がある時に1回ぐらいしか守れないので、相手には9回アドバンテージがあるという意味が1つ。そして、優秀なボディーガードは10回起こりうる脅威を9回は未然に防ぎ、どうしても防ぎきれずに起きてしまった最後の1回もちゃんと守る。警護の世界では「優秀なボディーガードは10分の1」とたたえられます。
10回襲われる時、10回すべてを守ることは不可能です。最後の1回に身体を張ることになるかもしれないけれども、9回はしっかりと未然に防ぐというのが、僕らが考える警護の本質です。
※インタビュー後編(10月30日18時公開予定)では、「敏腕ボディーガードが説く危機を未然に防ぐための心構え」についてお伝えします。
(取材・文/羽富宏文)
《プロフィール》
小山内秀友(おさない・ひでと)──1973年生まれ。株式会社CCTT代表取締役。IBA(国際ボディーガード協会)副長官兼アジア地域統括責任者。1991年より国内外でセキュリティ関連の専門教育訓練を受け始める。2002年、英国Task Internationalに入校。要人警護やセキュリティマネージメントなどの専門教育訓練を受ける。2003年、日本に株式会社CCTTを設立。2004年、イスラエル国防省に関係する人物より誘いを受け、イスラエル国防省が許可する要人警護教育訓練およびセキュリティマネージメント教育訓練を現地で受ける。2009年、IBAでは最短記録となる約1年半で国際要人警護教育訓練指導員資格(CIBGI)を取得。同年12月、それまでの成果を認められ、IBAのアジア地域統括責任者兼副長官に昇任、IBA名誉勲章を授与される。数多くの海外アーティスト、有名スポーツ選手、有名グローバル企業要人、海外政府要人、海外王族ロイヤルファミリー、宗教指導者などの警護経験を持つ。