『らんまん』第7週、万太郎(神木隆之介)は東京大学植物学教室への出入りを許された。バイオリンを弾き、机の上にはシェイクスピアの原書を置く、気取りまくりの教授・田邊(要潤)が許可したのだ。
5月19日の『あさイチ』で博多華丸さんが、次週からの展開をこう予想していた。「田邊教授と(万太郎が)取り合いになるんじゃないの」。寿恵子(浜辺美波)をめぐる三角関係で、大吉さんは「そんなことないんじゃない」と即、否定した。が、私は華丸派だ。寿恵子を取り合うかどうかはさておき、田邊はかなりの曲者だとにらんでいる。
そもそも華丸さんの予想は、「鹿鳴館と田邊」から始まっている。31話、寿恵子は叔母(宮澤エマ)から「アメリカ帰りで、何やら鹿鳴館のお役目を引き受けている」東大の田邊教授という人の話を聞き、ダンスを習うようすすめられる。35話でその人が「いい人」だと万太郎から聞き、ダンスに興味を持つ。
「鹿鳴館のお役目=明治政府の仕事」だろう。これはつまり、田邊が「半教授、半政治家」だということで、その証拠が英語だ。日本語に混じる英語が、すごく政治家っぽい。
33話、万太郎は博物学者・野田(田辺誠一)の紹介状を手に田邊に会いに行く。そこには「(万太郎に)便宜を図ってほしい」とある。田邊は、英語で聞いた。「What you want?」「Why are you here?」。雰囲気込みで訳すなら、「それで君は、私に何をしてほしいというのかね?」。老獪(ろうかい)な感じなのだ。
助教授の徳永(田中哲司)は万太郎に「小学校中退」を連発、東大の権威をわーわー語る。だが田邊は万太郎の標本と土佐植物目録を見て、態度を変える。「I want you here」と万太郎に言って、出入りを許す。ゆっくりとした発音が不気味だった。日本の研究環境(標本の数が少なすぎる)をみなに語ると、右手を万太郎に差し出す。握手の形から万太郎を引き寄せ、抱き抱えるようにして「君を歓迎する」と言う。温かい場面。には見えず、私には「君を利用する」に聞こえた。
田邊の研究室で利用される万太郎の悲哀
7週の万太郎は、以前よりカッコよかった。英語のヒアリングもスピーキングも得意、日本の植物学の現在地もわかっている。それでも心沸き立つまではいかず、うーん、万太郎お坊ちゃん、田邊にしてやられそうだなーと眺めていた。が35話、わが心に異変が。初めて万太郎に心が動いたのだ。
それは、学生とのやりとりだった。書生仕様の和服姿の3人の横で、上等そうな洋装の万太郎。ほら、こういうところだぞと見ていたら、そこから万太郎の悲哀が浮かんできたのだ。
きっかけは標本作り。万太郎、まずはきれいに作ってみせる。植物名の特定に移ると、「フランシェ・サバティエの書いた『日本産植物目録』の2巻」「ツュンベリーの『日本産植物図譜』」と外国の文献をすらすら挙げ、あっという間に済ませてしまう。その鮮やかさ、手際のよさに学生の1人が、先輩にこうささやいた。「何と言うか、ものすごく便利な人が来ましたね」。
ドキッとした。対等な関係の相手を「便利な人」とは言わない。何気ない言葉にこそ本音がある。どんなに優秀でも万太郎は「自分とは別な人」、はっきり書くなら「下の人」。それが学生たちの意識だとわかった。ささやいた学生が丸眼鏡で、見るからに善人なのもこたえた。『まんぷく』(2018年度後期)でも丸眼鏡をかけ、ほっこり青年を演じていた俳優で、前原滉さんというそうだ。優しそうな彼の口から出る「便利な人」という言葉は、徳永や田邊の口から出るより心が痛んだ。あ、これって万太郎への思い入れ? 7週目にして、やっとそんなふうに思った私だった。
建築家・安藤忠雄が語っていた「東大の勇気」
そんなこんなで万太郎のことを考えているうち、「万太郎は明治の安藤忠雄さんなんだなー」と思った。1997年、高校卒業という学歴の安藤さんが東大教授になった。建築家として世界的な名声を得ていた安藤さんと万太郎はまったく違う。それでもあのとき、安藤教授が大変な話題になったことを思い出した。平成の安藤さんでさえそうなのだ。明治で無名で小学校中退。万太郎の大変さはさぞやと思う。
安藤さんの東大入学式での祝辞(2008年)を、東大ホームページで読んだ。「独創力」と何度も言っていた。己の力だけで生きてきた人の自負だろう。教授就任については、周囲はみな反対だったと振り返っていた。意外だった。それでも自分は優秀な人と学びたかった、高卒の人を教授に招く東大の勇気はすごいと思う、感謝する。安藤さんはそう言い、こうまとめた。「私にできることがあるとすれば、東大が私に託した、その勇気というものの大切さを、私なりの形で、あなたたち学生に伝えることだと思って今こうして話をさせていただいています」
勇気という言葉が迫ってきて、34話に重なった。万太郎が東大への出入りを許可されたと知り、同じ長屋に住む落第した東大生・堀井(山脇辰哉)が身悶(みもだ)えしていた。“神童”だったこと、文学への熱い思いなどを一気に語り、万太郎に「おまえがいてよかったと思わせろ、頑張れ、頑張りやがれ」と言っていた。
存在そのものが、人を刺激する。勇気を与える。安藤さんに通じる、万太郎の道の始まりを告げていた。万太郎、頑張れ、お金の使いすぎだけは注意して、進め、ゴーゴー。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。