無口で友達のいない冴えない男子高校生が出会った、圧倒的な美貌とカリスマ性を誇る“彼”。輝きを放つ彼との出会いで、人生が変わっていく──。ボーイズラブ小説を原作にしたドラマ『美しい彼』シリーズは日本のみならず海外でもヒットし、このたび映画化も実現した。
ドラマに引き続いてこの『劇場版 美しい彼~eternal~』の監督を務めるのが気鋭の映像作家、酒井麻衣監督だ。美麗な映像表現はドラマ『美しい彼』から多くのファンを魅了し、ほかにもドラマ『明日、私は誰かのカノジョ』(MBS)や『初心LOVE』MV(なにわ男子)など、エンタメ作品の映像化を手がけるクリエイターの1人。酒井監督が感じた『美しい彼』の魅力や、創作を支える感性を聞いた。
平良の恋心に共感し、ロケ地にも小説の空気感を反映
無口で友達のいないスクールカースト最下層の高校生・平良一成がクラス替えで一緒になった完全無欠のイケメン・清居奏。清居の輝きに憧れ、クラスで“パシリ”にされながらも彼に尽くしていく平良に、いつしか清居も心を通わせていく。
正反対の若者が惹かれ合っていく『美しい彼』は凪良ゆうさんの同名小説を原作に、萩原利久さん(平良)と、八木勇征さん(清居)のダブル主演で2021年秋にドラマ化(MBS『ドラマ特区』枠にて)。その後も萩原さんと八木さんの”ひらきよ”コンビで’23年2月のドラマシーズン2と、4月7日からの劇場版公開が実現した。
酒井監督は『美しい彼』原作を初めて読んだとき、平良の恋心に共感したという。
「プロデューサーから、“酒井さんに絶対に合う”とすすめてくださり、読ませていただきました。初めは、平良の愛が深いがゆえの“キモさ”に戸惑いましたが、人は恋をすると内面ではこうなるよな、と実感し、恋心に対してまっすぐに描かれている物語だと思い、登場人物たちをとても愛しく思いました。そして、そこから『美しい彼』をファンとしても、大好きになりました」
おかしくも愛らしい平良の感情を、ドラマと劇場版で丁寧に映像化してきた監督の機微は細部に宿る。原作で明記されていなかった作品の舞台を、ドラマで自然豊かな町に選んだ。
「原作の凪良ゆう先生の描く、あの奥深い描写、匂い立つ空気感をどうやって映像で表現しようかと考え、シーズン1では高校生編、大学生編と時がたつので、自然豊かな田舎(都会近郊)で育った2人(ひらきよ)が東京でまた出会うという画作りにしました」
当初、予算やスケジュール面で難しかったというが、「世界観として大事な部分だと思い、粘らせていただきました」とこだわり抜いた。
「私があの学校をとっても気に入りまして、“ここがいいです!”と。そこから、学校の近くをみんなで散策し、駅・川原・神社などを探していきました。演出部・佐伯(竜一)さんの巧みなスケジューリングもあり、タイトなスケジュールの中で、さまざまな素敵な場所で撮影をすることができました。
登場人物の住んでいる街や場所(家など)は、少なからず生きてきた証(あかし)として、映像に反映してくると感じていますので、ロケハン(ロケ地探し)はいつも気合を入れています。ロケハンの中で場所と出会い、そこで演出部チームで動いてみて、新しい演出のアイデアも思い浮かびます」
劇場版では、高校を卒業した清居が芸能界デビューし、期待の若手俳優に。平良は大学に進学、清居を美しく撮りたいという思いを胸に人気カメラマンの野口大海(和田聰宏さん)に弟子入りし、プロの撮影現場で経験を積んでいく。舞台は華やかな芸能界に移っていくが、平良と清居の背後の景色や室内風景にも注目してみたい。
あくまで物語ありき、自分のカラーを明示しない映像作り
『美しい彼』をはじめ、多くの作品で映像美をファンや演者から評価されてきた酒井監督だが、美麗な映像作りにたけている自負はない。それよりもアーティストや物語に寄り添い、素直に魅力を感じ取ることを大切にしてきた。
「高校生のころに芸大受験の予備校に通っていたことがあり、そこで“自分の色は、自分で出そうとするものではない。勝手に出るものだ”と教わり、その言葉が常に胸の中にあります。
なので、映画やドラマの場合は物語、MVの場合はアーティストとその楽曲をいちばん大切にし、それをどのように表現したらいいのかを考えています。素直に真摯(しんし)に向き合うということと、本能的にワクワク感じるということを大切にしています」
「現実は想像のようにはうまくいかないけど…」
長野県出身で、「物語と画が、物心つくころから好きで、自分で何か書いているときも“これが本当になったら……”と、自分の頭の中で映像化し、よく想像していました」という監督。画家に漫画家・作家など、物語を作る仕事に憧れていく中で、映画監督を目指すようになった。
「自分の楽しみなこと(誕生日や修学旅行など)があると、よく先行してその日にあってほしい出来事を想像して絵を描いていました。でも、現実は、想像のようにうまくはいかないですね。その後、現実に起こった出来事よりも、自分で想像した出来事のほうがキラキラとしていて、面白かったりします。想像したものを、リアルに観たいという欲望がずっとあるのかもしれません」
物語が好きで、想像力豊かなところは子ども時代から変わっていない。現実と想像のギャップを埋めたい欲求が、監督の美しい映像演出の創造力につながっているのかもしれない。
「想像して画や文を描く、撮影をしてそれを見返すと言うのは、今思うと、(専門的ではないですが)いつも日常にあったなぁと思います。どれも大好きなことだったので、いま自分が監督としてキャストさんやスタッフさんと映画・ドラマ・MVを作れていることを、本当に幸せに思い、出会うみなさんに本当に感謝しています」
(取材・文/大宮高史)
《PROFILE》
酒井麻衣(さかい・まい) 映画祭でグランプリを受賞し 2017 年『はらはらなのか。』で商業デビュー。「映像作家100人 2020」に選出される。以後も数多くの映画・ドラマ・MVを手がける。代表作にドラマ『恋のツキ』『ぴぷる-AIと結婚生活はじめました-』『荒ぶる季節の乙女どもよ。』『明日、私は誰かのカノジョ』、MVでなにわ男子『初心LOVE』『ダイヤモンドスマイル』、優里『レオ』、Nissy『I Need You』など。公開待機作に映画『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』(2023年9月1日公開)がある。
【キャスト】萩原利久 八木勇征 高野洸 落合モトキ 仁村紗和 前田拳太郎 和田聰宏 ほか
【原作】凪良ゆう『美しい彼』シリーズ(徳間書店 キャラ文庫刊)
【監督】酒井麻衣
【脚本】坪田文
全国公開中