『おくりびと』などの脚本家で放送作家の小山薫堂さんが、自身の提唱する「湯道」をもとにオリジナル脚本を手がけた映画『湯道』が2月23日から公開されます。銭湯「まるきん温泉」をめぐって反発し合う兄弟役を生田斗真さん(兄・史朗)と濱田岳さん(弟・悟朗)が、事情を抱えつつ明るく銭湯で働くいづみを橋本環奈さんが演じ、お風呂を通じて交差するさまざまな人間模様を描いています。本作で初共演し、“お風呂デュエット”も披露した天童よしみさんとクリス・ハートさんに、作品についてなどのほか、ご自身が道を究めるために心がけていることなど、いろいろなお話を伺いました。
お湯の力ってすごい
──おふたりとも映画出演は本作が初めてだったそうですが、撮影はいかがでしたか?
天童 私は「まるきん温泉」の常連客・小林良子役を演じたのですが、鈴木監督から「よしみちゃんらしく天真爛漫に、元気や温かさを観ている人に届けてほしい」というアドバイスをいただき、自分らしい、ピッタリの役をいただいたと感謝しております。何もかもが初めての経験だったので緊張感たっぷりで撮影に入ったんですけれど、湯船につかったら不思議とその緊張がスッとなくなったんです。足の先からじわっと温かくなって、血流もよくなると集中できるんですね。「お湯の力ってすごいな」と感動しました。
──クリスさんは受刑者という役どころでしたが、演技自体が初めてだったとか。
クリス そうなんです。なので、竜太になりきるためにも、撮影の始まる数か月前から演技や芝居のことを勉強したり、お風呂のシーンは自分の家のお風呂でも練習したりしましたね。僕は昔、警察官の仕事をしていたことがあるので、ちょっと違う目線からも竜太のいろいろな面を想像しました。あとはちょっと身体を絞ろうと思って、30キロぐらい体重を落としました。
天童 それは素晴らしい!
クリス ダイエット中に食べるものはほぼお粥とみそ汁だけで、運動も1日2回ジムに通いました。家に戻ってからお風呂のシーンの練習もやりました。 毎日、役のことを考えていると徐々に竜太の気持ちに近づけていけたかなと思っています。
本物さながらのセットやリアルさで自然と役に入った
──今作の舞台の中心となる史朗と悟朗の銭湯「まるきん温泉」のセットが本物さながらで、観ているこちらも銭湯に行って湯船につかっているような気分になりました。
天童 私も小さいころ銭湯に行っていたのですが、「まるきん温泉」の造りが素晴らしくて、本物と変わらなかったですね。脱衣所をふと見渡すと懐かしいものが置かれていて、涙が出そうでした。例えば体重計。今はコンパクトなものが多いと思いますが、昔は荷物を量るような大きい体重計だったんですよ。あとは瓶の牛乳も懐かしかったなぁ。そういえばクリスさんは撮影中、何本もコーヒー牛乳を飲んでいらっしゃいましたね。
クリス そうなんです。全部で10本ぐらい飲んだんですけど、甘さも本物のままで(笑)。僕が演じる竜太は、出所したら子どものころに飲んだコーヒー牛乳を飲むことを夢見ていたので、そういうところのリアルさに助けられましたね。天童さんもおっしゃっていましたが、「まるきん温泉」のセットが完璧で本物みたいな感じだったので、演技をするというよりも自然と竜太として生きていた感覚でした。
──クリスさんは竜太をどんな人と捉えましたか。
クリス 映画で描かれるよりも前の彼のストーリーを、自分でちょっと勝手に作ってみたんです。竜太はどういう人なのか、ちょっと悪いことをしてしまったけど、そこにはどんな気持ちがあるかと考えたときに、彼の中に愛と優しさがあると感じたんです。そういうところも伝えたいなと思い、役を演じていました。
お互いの顔が見えなかったからこそ生まれた“お風呂デュエット”のハーモニー
──おふたりは劇中で「上を向いて歩こう」を“お風呂デュエット”されていますが、事前に相談したり歌合わせをされたりしたのですか。
天童 実は一切しなかったんです。クリスさんが後ろの男湯にいらっしゃるんですけど、本番の1回で息がバチッと合ったんですよね。普通、コラボやデュエットをするときは必ず横に相手の方がいらっしゃって、目と目を合わせたり呼吸を合わせたりするものですが、今回は男湯と女湯という隔たりはありましたが、とてもいい気があの場にありました。
クリス 僕も天童さんのお顔が見えなかったからこそ、逆に入りやすかったところはあります。お互いの姿が見えないのでリズムの調整もできないから、そのときの気持ちで歌うしかないっていう感じで。でもその分、すごい経験ができましたね。
天童 実を言うと、私はあのとき泣きそうだったんです。でも声が震えてしまいますから「私が泣いたらダメだ!」と思い、必死にこらえました。われながらすごいハーモニーになっていて、私たちが演じるふたりの関係性をより深く感じていただけるシーンになっていると思います。
──ぶっつけ本番であのハーモニーとは、さすがです! 歌っていて特にグッときたフレーズはありましたか?
天童 「幸せは雲の上に~」のところですね。つらいことがあっても「まるきん温泉」で出会って、そこから幸せにつながっている人たちがいるということとリンクしていいなと思いました。また、浴室という天然エコーがかかった空間で響きが素晴らしくよかったんです。私たちがいつも歌っているホールとは全然違うので、もう1曲歌いたいくらいでした(笑)。
──いつか「銭湯コンサート」を開催する日があるかもしれませんね。
クリス 実は僕、ちょうどこの映画でそういう企画があって銭湯で歌ってきたんですよ。そのときに浴室の響きをお店ごとに確認してみたのですが、それぞれで違ってすごいなと思いました。造りもどこも別物で、そういうところも素晴らしかったです。
──本作には個性豊かな登場人物がたくさん登場しますが、おふたりが特に気になるキャラクターや、印象的なシーンがあれば教えてください。
天童 素晴らしいキャストのみなさんが勢ぞろいで、それぞれの個性も出されているので、どの登場人物も興味深かったです。それぞれの生活や人生にはいろいろなことがあるけれど、それらをお湯に流して、お風呂につかって嫌なことは忘れて、気持ちを温める。ファンタジックな要素もありながらリアルな部分もあって、ステキなシーンがたくさんありました。
クリス どの人にも感動するところがあるんですけど、僕が何よりも心に残ったのは「まるきん温泉」という場所でみんながつながっているところです。みなさんそれぞれの思い出があって、そこでの支え合いがある。「まるきん温泉」という場所自体がひとつのキャラクターになりそうな感じがあるんですよね。
クリスさんにいつか歌ってほしい天童さんの1曲とは?
──本作の紹介の中で「『湯の心』には日本の文化がある」と書かれていましたが、日本文化のひとつに演歌があります。天童さんといえば日本を代表する「演歌の女王」でいらっしゃいますが、クリスさんは天童さんや演歌にどんな印象をお持ちですか?
クリス 後輩の立場で偉そうなことは言えませんが、歌詞の内容を力強く気持ちを込めて歌われる天童さんを、毎回ステージで拝見するたびに感動しています。海外の人も天童さんのことを「歌がすごく上手」って言うんですけど、僕は天童さんの表現力もすごいなと思っています。僕も天童さんのように、日本の文化や季節を歌でみなさんに届けられるように頑張りたいなと思います。
──J-POPとはまた違った、演歌ならではの日本語の使い方がありますよね。
クリス 演歌って日本語の勉強にもなるんですよ。日本の景色や季節が、気持ちや思い出などいろいろなことにつながっていて。そういうことは日本に住まないとなかなか理解できないことだと思うので、演歌は深いなと思います。
──天童さんは、いつかクリスさんとご一緒してみたかったそうですね。
天童 私は以前から、クリスさんが持っているハートの温かさが印象に残っているんです。そのぬくもりを英語ではなく日本語で歌い伝えてもらったときに、聴いている方は胸にずしっと来るんですよね。なので、1曲でもいいですから、いつか演歌を歌っていただけないかなと思っているんですよ。
──そうですよね! 何か歌ってほしいリクエスト曲はありますか?
天童 私の持ち歌に「道頓堀人情」(とんぼりにんじょう)という曲があるのですが、その中の「負けたらあかんで 東京に」という大阪弁の歌詞を、クリスさんが歌って表現してもらうとどんな感じになるのか聴いてみたいって、いつも思っていたんです。でも気が弱いからなかなか言えなくて。今日この場をお借りして、思い切って言ってみました(笑)。
クリス ありがとうございます。まだ力不足でうまく歌えないと思うので、練習します(笑)。
──今作の『湯道』も演歌も、ひとつの道を極めるのは大変なことだと思います。おふたりが「歌」という道を極めるために心がけていることや、大切にされていることはありますか。
天童 昔から「他人に優しく、自分に厳しく」と言いますが、やっぱり人に優しくなることですね。一生懸命頑張っているみなさんを私も応援したいですし、そういう気持ちをいつも忘れないでいたいと思っています。
クリス その歌のパッションを大切にして、自分らしく、自分にしかできない歌を歌うことが何よりも大事だと思います。そうじゃないと、なかなか形にならなくてただ苦しいだけだと思うので。これからも歌を通して人とつながることを大切にしていきたいです。
──作中では、さまざまな人が幸せそうにお湯につかるシーンが出てきましたが、おふたりは普段どんな“入浴タイム”を過ごしていらっしゃいますか?
天童 私は自宅のお風呂で「明日はこんなお仕事があるからこういう衣装を着よう」といった考え事もするし、「今日の歌い方ちょっとおかしかったぞ」と思ったらもうひとりの私がいて、「どこよ?」「どうしてうまくいけなかったの?」と、ひとり反省会もします。
クリス 僕はこの映画のおかげで、改めてお風呂に入る大切さを感じました。海外ではシャワー文化なので、あまり湯船には入らないし、入ってもちょっと洗って出るといった感じなんですよね。
撮影はすごく緊張していたのですが、「まるきん温泉」の大きなお風呂に入ったらちょっと落ち着いてきて、リラックスしてすごく集中できたんです。なので、撮影が終わってからはわりと自宅の湯船に入るようになりました。僕はよく身体が硬いって言われるんですけど、身体や健康のためにも、お風呂に入る意味があるなと思っています。
──クリスさんは今まで銭湯に行ったことはありますか?
クリス 一度、海外の友人と一緒に行ったことがあります。海外の人は裸になるのが恥ずかしいというイメージを持っている人が多いのですが、そのときは友人もリラックスできて、楽しくていい思い出になりました。その後はなかなか銭湯に行く機会がなかったのですが、今回の映画の影響でまた行きたいなと思っているので、次はぜひ息子と一緒に行きたいですね。
──では最後に、おふたりが本作の出演を通して感じたことを教えてください。
天童 本作を観ると、まるでお風呂に入ったときのようなぬくもりを感じていただけるんじゃないかと思います。そのぬくもりは、きっと多くの方が忘れかけていることなのではないでしょうか。私もこの作品に出させていただいてから、お風呂のお湯をすごく大事にするようになりました。最近はお風呂に入るときに「今から入らせていただきます」「ありがとうございます」という気持ちが自然にわくようになったんです。
この作品に携わらせていただいて、元気、勇気、そして温かさを伝えるのは、歌も同じだなと思いました。なので、私のコンサートに来てくださったみなさんに「元気になったわ」と言っていただける歌手を目指して、これからも頑張ろうと思います。
クリス 改めて、日本の文化は素晴らしいなと思いました。銭湯の歴史や文化もそうですが、ただの場所というだけでなく、コミュニティやいろんな人の思い出がつながっているのはすごく大事だなと思います。それを日本人の方にも忘れてほしくないし、海外の方にも「銭湯」という日本文化を紹介したいなと思いました。
(取材・文/根津香菜子、編集/福アニー、撮影/junko、ヘアメイク/市岡利之(天童よしみ)、井原結衣(クリス・ハート))
【Profile】
●天童よしみ(てんどう・よしみ)
和歌山県出身・大阪府育ち。1971年に読売テレビ『全日本歌謡選手権』で10週を勝ち抜き、最年少で7代目チャンピオンとなり、’72年に「風が吹く」でデビュー。「道頓堀人情」「珍島物語」などのヒットを飛ばす中、ディズニー映画『ブラザー・ベア』(2003年)では劇中歌を歌うなど、演歌の枠に収まらずに活躍を続ける。日本レコード大賞では最優秀歌唱賞を3度受賞。NHK紅白歌合戦では紅組のトリを3度務めるなど不動の人気を誇り続け、’22年に歌手生活50周年を迎えた。
●クリス・ハート(くりす・はーと)
1984年生まれ、アメリカ・サンフランシスコ出身。2012年に日本テレビ『のどじまん ザ!ワールド』に出演。見事優勝を飾り、翌年に「home」でデビュー。リリースしたカバーアルバムやオリジナル曲がヒットし、NHK紅白歌合戦に2年連続出場を果たす。’22年には Amazon Prime Video にて配信された『ザ・マスクド・シンガー』シーズン2に出演し大きな話題となった。
【Information】
●映画『湯道』
出演:生田斗真、濱田岳、橋本環奈、小日向文世/天童よしみ、クリス・ハート、戸田恵子、寺島進、厚切りジェイソン、浅野和之、笹野高史、吉行和子、ウエンツ瑛士、朝日奈央、梶原善、大水洋介、堀内敬子、森カンナ、藤田朋子、生見愛瑠、吉田鋼太郎(特別出演)、窪田正孝(特別出演)、夏木マリ、角野卓造、柄本明
企画・脚本:小山薫堂
監督:鈴木雅之
公開日:2023年2月23日(木・祝)
配給:東宝
(C)2023 映画「湯道」製作委員会