こちらに悪気がなくても、ほんのちょっとした何げない質問が、相手の神経を逆なでしたり、心を傷つけてしまったりすることがあります。
相手が利害関係のない大人なら、「そんなことを聞いてくるなんて、なんて無神経な人なんだろう」と思って、あなたと距離を置けばすむことだと思います。
でも相手が、あなたと毎日、顔を合わせなければならない立場。特に、あなたのほうが立場が上である「職場の部下」だったらどうでしょう。
あなたから無神経な質問を受けるたびに、相手は傷つき、言い返すこともできず、あなたのことがどんどん嫌いになるのではないでしょうか。
これは、そんな「無神経な質問」に気がついて猛省した、ある英語塾の先生の話。
ごく普通の質問に、うつむいてしまった生徒
京都府の京丹後市で、「クスダ英語塾」という、小中高生を対象に英語を教える塾を経営されている楠田ゆかりさん。
「実際に外国人と話ができる英語」を、生徒たちに楽しみながら学んでもらうということを、何より重視されています。
そんな楠田先生が、あるとき、中学生の生徒に英語でこんな質問をしました。
「What do you have for breakfast?」
「朝食に何を食べますか?」という、本当にごく普通の質問です。
しかし、質問された生徒は、うつむきながら、日本語で、こんな回答したのです。
「俺んち、たまに菓子パンが置いてある。何もないときもある。母ちゃん、朝は起きてこないから……」
小さな声で答えてきた生徒のつらそうな顔を見て、楠田先生は、不注意な質問をした自分にとても後悔をしたと言います。
(ああ、悪いことをしてしまった。みんなの前で話させるべきじゃなかった。浅はかだった……)
何げない質問が、「言葉の暴力」にもなる
この話とは別に、以前に私は、父の日の宿題として、「私のお父さん」という題名の作文を宿題に出した小学校の先生の体験を聞いたことがあります。
その先生の生徒のひとりが、1年前にお父さんを交通事故で亡くしていて、そのことを作文に書いてきたのです。
その子の作文には、お父さんが1年前に死んでしまい、今、お母さんが働きに出て自分を育ててくれていること、そして、早く自分が大人になってお母さんを楽させてあげたいということが書かれていました。
作文を読んだ先生は、各家庭の事情も考えずに、安易な宿題を出してしまった自分の配慮のなさを反省し、その生徒に謝ったのでした。
前出の楠田先生は言っています。
「英会話のレッスンとして、家族のことを尋ねる先生がいる。そういう教材もある。でも、最近両親が離婚したばかりの子がいるかもしれない。両親が交通事故で亡くなっていて、親戚のおじいさんやおばあさんに育てられている子がいるかもしれない。
そういうことを、自分の一部だとして受け入れて、話すのに抵抗がない子もいるし、誰にも話したくない子もいる。“話したくないんです”と、言えない子もいる。
だから、“子どもが答えたくないかもしれない質問はしない”、“そういうデリケートな質問を、英会話のペアワークとしてテキストに載せない”。そんな想像力が、教師には必要だと思う」
本当に楠田先生のおっしゃるとおりです。
そして、それは教師に限ったことではないと思います。
「どうして結婚しないの?」とか「子どもはまだ?」などの質問は、さすがに、聞いてはいけないことだと社会的に認識されているでしょう。
でも、相手の事情によっては、ごく普通の質問が「言葉の暴力」になってしまうことがあります。
繰り返しになりますが、相手が生徒だったり、部下だったり、「あなたの質問に答えなければならない立場」の場合は要注意。自分と相手以外の人が周りにいるときなどは、質問ひとつで相手から恨まれてしまうかも……。
100人の人がいれば、100通りの人生があります。
人はみな、他人には言えない事情を抱えて生きていると思って間違いありません。プライベートに関わる質問をしなければいけないときは、想像力を働かせて、注意のうえにも注意を重ねるのが賢明です。
(文/西沢泰生)