4月7日、88歳でお亡くなりになった日本を代表する漫画家の1人、藤子不二雄(A)さん。
代表作を挙げれば、『忍者ハットリくん』『怪物くん』『プロゴルファー猿』『まんが道』『少年時代』そして、大人向けに描かれた『笑ゥせぇるすまん』など、きりがありません。
これらの作品は、ほとんどがテレビアニメや実写ドラマ、あるいは映画化されています。
今回は、そんな藤子不二雄(A)さんの作品の中で、人気があったにもかかわらず、どうしてもテレビアニメ化できなかった、あるタイトルについての話。
黄金時代の『週刊少年チャンピオン』に掲載
その作品のタイトルは『魔太郎がくる!!』。
1972年から1975年にかけて『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)に連載された作品です。
その当時の『週刊少年チャンピオン』と言えば、『ブラック・ジャック』(手塚治虫)/『ドカベン』(水島新司)/『がきデカ』(山上たつひこ)/『バビル2世』(横山光輝)など、人気漫画がめじろ押し。そんな中にあって、カルトな人気を誇ったのが、この『魔太郎がくる!!』という作品でした。
物語の主人公は、浦見魔太郎(うらみまたろう)という中学生。
ひ弱で、いじめられっ子の主人公が、黒魔術などを使って、毎回、自分をいじめた相手に「恨み」を返すという内容。
子どものころ、自分自身がいじめられっ子だった藤子不二雄(A)先生が、「いじめっ子に仕返しできたら……」という「いじめられっ子の夢」を漫画にしたような作品です。
私は、連載当時、偶然手にした『週刊少年チャンピオン』で第1話を読み、最後の展開に衝撃を受けたのを覚えています。
魔太郎が口にする決めゼリフは、「こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か」。
このセリフを言ったあと、物語の後半に黒マントを羽織って反撃に転じた魔太郎が、相手に対して恨みを晴らすくだりは、ある意味、「最後に悪人が主人公にやられる、お決まりの時代劇」のようなカタルシスがありました。
過激すぎた内容ゆえに……
しかし、作者と編集部が、「このままではいけない」と意識することになったきっかけがありました。
それは、読者に対して、「あなたの恨みを晴らします」といった企画を軽い気持ちで行った際、子どもたちから、深刻な「いじめの悩み」が多数、寄せられたことだったといいます。
作品の世界よりも、現実世界のいじめの方が凶悪化し、深刻な社会問題になっていたのです。
また、連載当時は、世の中に陰惨な事件が少なくて、「漫画の世界の話」と、それほど気にならなかった魔太郎の仕返しも、今ではとても描けないような過激なもの(ブルドーザーを使ったり、呪い殺したり……)が多数ありました。
そんなことから、仕返しの方法は少しずつソフトになり、ストーリーも、個性的なサブキャラクターを登場させるなどして、多様化させていったのです。
ちなみに、連載当初の過激な仕返しの数々は、最初に秋田書店刊としてコミックスに収録されたときは、連載時と同じ内容でした。
しかし、のちに発刊された全集では、20話以上を未収録にし、30話以上を大幅に描き直して収録しています。
藤子不二雄(A)という大御所の作品であり、人気もあったにも関わらず、この作品がテレビアニメ化できなかった理由。わかっていただけましたでしょうか。
いや、実際には、のちに藤子不二雄(A)先生のもとに、何度かアニメ化の企画が持ち込まれたといいます。
しかし、当の藤子先生が、それを許さなかったのです。
いじめに関しては、相方の藤子・F・不二雄先生も、『ドラえもん』に出てくるジャイアンの妹に、ジャイ子というあり得ない名前をつけたことについて、「もし、ジャイアンの妹に普通の名前をつけてしまったら、同じ名前の女の子がいじめられてしまうかもしれないから」とおっしゃっていましたね。
おふたりとも、自分の作品が「いじめのきっかけ」になることは、とても耐えられなかったに違いありません。
蛇足ですが、連載当時、小学生だった私は、この『魔太郎がくる!!』が大好きでした。
好きなあまり、ノートに鉛筆で『死太郎が行く!!』というタイトルの漫画を描いて、クラスメイトに読ませていました。
偉大な先生の訃報を受けて、そんな懐かしいことを思い出しました……。
合掌。
(文/西沢泰生)