『ドカベン』『あぶさん』『野球狂の詩』など、数々の野球漫画で知られる漫画家の水島新司さんが亡くなりました。
水島さんが野球漫画に与えた影響の大きさは計り知れません。また、その作品を読んでプロ野球選手になったプレーヤーも多く、現実世界の野球界にも影響を与えました。
今回は、そんな「野球漫画の神様」、水島新司さんが、それまでの野球漫画の常識を破った“6つの革命”についてお話しします。
水島新司さんの野球漫画の“6つの革命”とは
〇革命1:リアルにこだわった
水島さんの野球漫画には、かつての『巨人の星』『侍ジャイアンツ』などの作品に出てくるような「魔球」は登場しません。登場したとしても、『野球狂の詩』で水原勇気が投げたドリームボールや、『ドカベン』で里中智が投げたサトルボールのように、「もしかしたらリアルでも投げられるかもしれない」という変化球の1種どまり。ボールが消えたり、分身したりすることはありません。
『ドカベン』の殿馬一人がやった秘打も、「もしかしたらできるかも」という現実的なものがほとんどです。
漫画ですから「魔球」が悪いというわけではありません。しかし、水島さんは「野球はリアルでもじゅうぶんに面白いし漫画になる」と信じて、それまでの野球漫画の常識をやぶり、リアルな野球にこだわったのです。
〇革命2:正確なフォームにこだわった
野球漫画を読んでいると、明らかに水島さんの漫画に描かれているピッチングフォームやバッティングフォームを模写して描いている絵をよく見かけたものです。
それくらい、水島さんの描く野球漫画の登場人物たちのフォームは、野球の基本通りしっかりと描かれていました。
特に驚くべきは、プロ野球を舞台にした漫画で、実在の選手たちのフォームが本人そっくりに描かれていたこと。最近の漫画では珍しくはありませんが、ビデオもなかった時代から、フォームをちゃんと描くのは至難のわざだったはずです。
この「1人ひとりフォームを描きわける」という精神は漫画のキャラクターにまで及び、主要なキャラクターは、ライバル選手に至るまで、きっちりとフォームが描きわけられていました。
〇革命3:試合では全選手を設定した
漫画「ドカベン」では、試合の際、主人公たちのチームである明訓高校のスターティングメンバーだけでなく、相手チーム全員のメンバー表も描かれました。
ライバル選手だけでなく、相手チームのライトで8番打者の選手まで、全員の顔と名前をキッチリと設定したのです。これも、それまでの野球漫画では考えられないことでした。
続・リアルな野球描写を支えた6つの革命
〇革命4:試合を1回から9回まで描いた
水島さん以前の野球漫画の試合シーンは、いわばプロ野球ニュースの「試合ダイジェスト」のようなもので、ハイライトシーンのみが描かれていました。
しかし水島さんは、試合によっては、1回から9回まですべて描いたのです。これによって、読者はまるで「野球漫画」ではなく、「野球の試合」を見ているような感覚に陥りました。水島さんは、野球漫画を「野球観戦漫画」にまで進化させていたのです。
〇革命5:キャッキャーを主人公にした
水島さんの代表作『ドカベン』の主人公・山田太郎のポジションはキャッチャーです。
それまでの野球漫画の主人公はピッチャーというのがお決まりでしたから、これはもう大革命でした。水島さんは、実は試合を動かしているキャッチャーを主人公にすえることで、野球における、バッターを抑えるための配球の面白さまで、野球漫画の幅を広げたのです。
〇革命6:パ・リーグを舞台にした
1973年に連載がはじまった『あぶさん』は、主人公がパ・リーグの南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団するという画期的な作品でした。
今でこそ、スター選手がたくさんいて大人気のパ・リーグですが、その当時は、プロ野球ニュースでも試合結果のみしか流されなかったほどの不人気。「人気のセ、実力のパ」などという言葉もあったほどでした。ホークスファンだった水島さんは、そんな時代にあえてパ・リーグを舞台に漫画を描いたのです。
以上、水島新司さんの「野球漫画の常識を破った6つの革命」、いかがでしたか。
水島さんが野球漫画にもたらした革命は、細かく見れば無数にあるのですが、大きなところをお伝えしました。
「野球を通して、すべてのことを描くことができる。だから野球漫画以外は描かないと決めた」とおっしゃっていた水島さん。
この6つの野球漫画革命を見ると、いかに野球というスポーツを愛し、そして、野球の持つ魅力を信じていたかがわかるような気がします。
野球ファンの1人として、たくさんの傑作野球漫画を残してくださった水島先生のご冥福を祈りたいと思います。
合掌。
(文/西沢泰生)