NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』でヒロインの一家のご近所さんであり、愛すべき偏屈な荒物屋『あかにし』の主人“ケチ兵衛”こと赤螺吉兵衛と、その息子・吉右衛門の一人二役を好演し話題を集めたことも記憶に新しい、俳優の堀部圭亮さん。
1986年にお笑いコンビ「パワーズ」としてデビューし、解散後に勝俣州和さんとのお笑いコンビ「K2」を結成。『笑っていいとも!』『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』など、数々の人気バラエティで芸人として活躍していたが、2000年代以降は俳優に活躍の場を移し、現在は名バイプレイヤーとしてドラマに映画に舞台にと引っ張りだこだ。
6月25日から念願だったというケラリーノ・サンドロヴィッチ作の舞台『室温~夜の音楽~』に出演する。現在56歳の堀部さんに、充実したNEOFIFTYライフを2回に渡って語っていただきます。前編では、ケラ作品に惹かれる理由、飽くなき芝居への探求心、今、生き方で大事にしていること……などを伺いました。
ケラさんの作品の魅力
──以前から、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの作品への参加を切望されていたそうですが、その理由を教えていただけますか?
「僕は、ブラックなコメディが大好きなんですね。自分でコントのネタやお芝居を書いたりしている頃から、やっぱりそういう傾向のものが好きでしたし、映画とかでも、観ている人がただただ不快になるような終わり方ではなくて、これはハッピーエンドにしないほうが、登場人物たちの背景を考えたら親切だよねって思えるバッドエンドな作品が大好きで。ケラさんの作品って、人の心の闇の部分の描き方であったりとか、すごくそういう匂いがするんですよ。
僕が言うのはおこがましいですけど、ケラさんの書くあの演劇的な嫌な台詞は、実生活でそんなことは言わないし、ドラマや映画でもあまりそういう台詞を言わせないんだけど、演劇の空間だとそれを言っても全くズレないというかおかしくならない。今まで拝見した舞台でも、そういう台詞が心に残ってしまう。感覚としては嫌な言葉だけど、なんか今のいいなぁっていうのがあって。ケラさんのそういうチョイスやセンスがすごく好きなんです」
──では、今までケラさんの舞台はたくさんご覧になっていたんですね?
「いや、実はそんなにたくさん拝見しているわけではないんですけど(笑)。例えば2018年に拝見した『修道女たち』でも、6人の修道女たちは一見ひとつの集団であるように見えて、それぞれの思いが全部違っていて。それも、あっちにいるときに言ってることと、こっちに来たときに言ってることが違ったりして、そういう裏表のある言葉をケラさん独特の演劇的な台詞で、ズドンズドンって投げてこられると、ドキッとする感覚になる。
やっぱり人間の表裏って、単純な善悪でもなく闇ですよね。人間は誰しも闇の部分があると思うんですけど。たぶん僕にもあるでしょうし、僕の友人や知人や家族にもあるでしょうし。ケラさんの舞台を見ると、“ああ、やっぱり、それ、みんなあるよね”って思うんです」
“人間の悪意”を感じたとき
「例えば、今の話と少しズレてしまうかもしれないんですけど……。仕事に行くのに通勤時間帯の満員電車に乗らなきゃいけないときがあって、自分の荷物を前に抱えて乗っていると、次の駅でまた乗客がグググって乗ってきて。そうしたら自分のスペースを確保するために僕の背中に肘をあてているヤツがいるわけですよ(笑)。で、その瞬間に悪意を感じたんです。“あ! これ、人間の悪意だ!”って。
でも、この悪意に対して、“痛いからやめてもらえませんか?”って言うのも、相手と同じ次元に行く感じがして嫌だから、もうこれはないものとして(笑)。ただただ、背中側のあばら骨に肘が当たっていて電車の揺れと逆に押してくるのを我慢して(笑)。でも役者として、この気持ちってすごく大事だと思うんですね。そういうときって、“やったー! 今すごい感覚を手に入れた”って思うんです。例えば、憎悪とか悪意を持った人間を演じるときに役作りをするなかで、“ああ~、あれをやるヤツだ!”って思い出したり」
──そういう出来事や感覚を役作りのストックにされているんですね?
「すごくしています。わりと嫌な感じの役が多いので(笑)。だから本当に“うわ~、この人……”っていうような役をやるときに、すごくそういうリアルな感覚がストックになるというか。新幹線とかで背もたれを蹴ってくる人もそうですけど、そういう相手の気持ちと同時に、やられている自分の気持ちも、昔から引き出しにどんどん入れるようにはしていますね」
萩本欽一さんから教わったこと
──演じる上で特に大切にされていることはありますか?
「演技をするときに、相手の演者と自分がいて、自分の台詞を相手の役者に投げるだけだと、舞台の観客やテレビの前だったりスクリーンの前で観ている人には届かないんじゃないか……という思いがあって。だから僕は、必ず観ている人に向かって台詞を投げているんですね。本当にそれが伝わるかわからないんですけど。
観ている人は、そのストーリーを観ているだけなんだけど、さっき言った背中に肘を押しつけてきた人の憎悪みたいなものが台詞に乗るんだったら乗せて、それを相手役の向こうにいる観客や視聴者の皆さんに投げているというか。だから、観ている人の背中が痛くなるのが理想なんですよね(笑)。なんでコイツにこんなこと言われなきゃいけないんだろうって、観ている人に思ってもらえるのが理想。でもこれは、一番最初にテレビのレギュラー番組をいただいたときに、萩本欽一さんから教わったことなんです」
──20代の頃ですか?
「21歳ですね。萩本さんがメインの『欽きらリン530!!』という公開収録の番組で、常に言われていたのが、“おまえたちね、客席にいる人たちにだけやっちゃダメだよ。そうすると、そこだけでウケるものにしかならないから。おまえたちが一番やんなきゃいけないのは、カメラの向こうまで届けることなんだよ”と。今スタジオには200人の観客がいるけど、その向こうには万単位の人たちが観ているわけだから、目の前にいる人たちに向かってやっているものをテレビで見せられても伝わらないと教わったんですね。たぶんそれが自分の根本にあると思います」
心の闇もはたから見れば笑いになる
──舞台『室温~夜の音楽~』は、21年前に誕生したケラさんの傑作ホラー・コメディ。今回は河原雅彦さんによる新演出版ということでも注目されています。堀部さんが思われる今作の魅力を教えてください。
「先ほどもお話ししたような、ほんとに人間の闇の部分ですよね。それをちょっと俯瞰(ふかん)した目で見れば、誰にだってある気持ちの闇の部分。人を殺してしまう人も出てくれば、お金を横領している人も出てくるしっていう、いろいろなことがある中で、確かにそれは現実より少し極端ではあると思いますけど。でも、そういう人たちが持っている闇も、どこか自分たちと共通しているところはあるよね、って思えるところだと思います」
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『室温~夜の音楽~』のあらすじは──。田舎でふたり暮らしをしているホラー作家・海老沢十三(堀部圭亮)と娘・キオリ(平野綾)。12年前、拉致・監禁の末、集団暴行を受け殺害された、キオリの双子の妹・サオリの命日の日に、さまざまな人々が海老沢家に集まってくる。巡回中の近所の警察官・下平(坪倉由幸)、海老沢の熱心なファンだという女・赤井(長井短)。さらにタクシー運転手・木村(浜野謙太)が腹痛を訴えて転がりこみ、そこへ加害者の少年のひとり、間宮(古川雄輝)が焼香をしたいと訪ねてくる。偶然か……必然か……、バラバラに集まってきた、それぞれの奇妙な関係は物語が進むにつれ、死者と生者、虚構と現実、善と悪との境が曖昧になっていき、やがて過去の真相が浮かびあがってくる……。人間が潜在的に秘めたる善と悪、正気と狂気の相反する感情を、恐怖と笑いに織り込んだ極上のホラー・コメディだ。浜野謙太が在日ファンクのメンバーとして音楽と演奏でも参加するのも注目。
──人間のさまざまな闇の感情が見られそうですね?
「でも闇って、実は笑いですよね。コメディというか。何度も恐縮ですけど、僕が体験した満員電車で背中に肘を押しつけられたことも、はたから見たら押してるおまえもおまえだし、なんか我慢しているおまえもおまえだし、このふたりバカだな(笑)、って話になると思うし。お葬式の席とかが妙に面白いのと一緒で。本来笑うべきでないことが、やっぱり笑いとしては一番面白いところで。ケラさんは本当にその闇の部分を抜き取るセンスが絶妙ですから。僕の大好きな終わり方をしている作品なので(笑)、ちょっと重たいものを持ち帰ってもらえるといいかなと思いますね。ぜひ劇場に“不快に”なりにきてください」
50代の今、意識していること
──ところで、56歳になった今、生き方で大事にされていることはどんなことですか?
「仕事でもプライベートでも、あまり年齢のことを考えないようにすることかな。もう50を過ぎたから……とか考えたりはしないですね。いただく役が、だんだん年齢なりになってくるじゃないですか。もちろん高校生の役はこないですし(笑)。ただ、キャスティングする側の人が、55歳の年齢設定の役を探すときに、55歳前後の役者だけを見てるとしたら、すごくもったいないと思うんですよね。僕でいえば、45歳の役って言われたときに、もう候補には入らないんですけど。でも44歳の役を仮に自分がやるとなったら、いろいろなことを考えると思うし。だから自分では少なくとも、“もう56だから”とかそういうふうには考えないようにはしています。
『カムカムエヴリバディ』で言えば、一番最初の吉兵衛が40代から始まって、次に息子の吉右衛門が出てきたときは30歳くらいだったんですね。で、最後は80近いところまで演じたので、すごくやりがいはありました。もちろん、メイクに助けてもらったり、多少しゃべり方を変えるとか、身体の動きを変えるとか、いろいろなことをしますけど、それでうまく変われたかどうかはわかないです。でも、そういうことをしているのが楽しい。何事も“俺、もう56だからな~”ってやっていると楽しくないじゃないですか(笑)。だから年齢は気にしないですね」
*後編『堀部圭亮さん「24歳のとき萩本欽一さんに言われた言葉が、40歳で生瀬勝久さんの姿を見て腑に落ちました」』は明日(6月23日18時)公開予定です。
(取材・文/井ノ口裕子)
《PROFILE》
ほりべ・けいすけ 1966年3月25日、東京都出身。1986年にお笑いコンビ「パワーズ」としてデビュー。現在は俳優として活躍。最近の主な出演作品は、【舞台】『シラノ・ド・ベルジュラック』(’22)、『ポルノグラフィ』(’21)、『チョコレートドーナツ』(’20―’21)、『ウエスト・サイド・ストーリー』Season1(’19―’20)、『ドライビング・ミス・デイジー』(’19)、『華氏451度』(’18) 【映画】『Fukushima 50』『his』『SHELL and JOINT』『一度も撃ってません』(すべて’20) 【ドラマ】連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(’21-’22)、『共演NG』(’18)など。
●公演情報
舞台『室温~夜の音楽~』
作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:河原雅彦
音楽・演奏:在日ファンク
出演:古川雄輝、平野綾、坪倉由幸(我が家)、浜野謙太、長井短、堀部圭亮/
伊藤ヨタロウ、ジェントル久保田
日程・会場:
【東京公演】2022年6月25日(土)~7月10日(日) 世田谷パブリックシアター
【兵庫公演】2022年7月22日(金)~7月24日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール