歌舞伎町でホストクラブを中心にバー、飲食店、美容室などを運営する「Smappa! Group」。活動内容は幅広く、書店や介護事業所の運営、ボランティアでの町の清掃活動、新宿歌舞伎町能舞台の運営、ホストを集めての歌会など、それまでの歌舞伎町では考えられなかった領域まで及ぶ。
その会長・手塚マキさんにインタビュー。前編では手塚さんの視点を通して歌舞伎町が多様化に成功した背景を伺った。後編の今回は「手塚さんが常識を覆すほど幅広い事業を運営できている理由」にフォーカス。その背景にある「遊び方」について伺った。
【前編→東急歌舞伎町タワーで注目される経営者・手塚マキが20年にわたり見てきた「歌舞伎町の多様化」】
「遊び」とは意識的には選ばない行動を取り、あとから検証すること
──「歌舞伎町の多様性」と「Smappa!Groupの事業の多様化」には共通点があると思っています。固定概念がなく”空っぽ”な状態をキープできるから多種多様なことを受け入れられるのかな、と。手塚さんはどうやってその人間性を培ったんですか?
「今までめちゃくちゃお酒を飲んで遊んできたからじゃないですかね。遊びって自分が意識的に選んだ行動をそのまま実行することではないと思うんですよ。不確実で偶然的なことを受け入れるのが遊びだと思っています」
──例えば休日に「この曲を歌おう」と決めてカラオケに行ってそのまま歌うのは遊びではない。
「そうですね。そのうえで“お酒を飲むこと”ってすごくいいんですよ。飲んで前後不覚になると、平常運転では起きない行動を起こすじゃないですか。もしかしたら潜在意識が作用しているかもしれないけど、普段は言わないことを言ったりするわけですよ」
──なるほど。
「それで自分では決して選ばない間違ったことに対して、素面(しらふ)に戻ったときに“なんで僕はこんな行動を取ったんだろう”とか想像して調べる。エラーの検証までを含めて、僕にとっては楽しいです。
そうすると、これまで自分になかった要素が新たに加わるんですよね。あとからちゃんと振り返ると、感覚でしかわからなかったことが知識として自分に根づく。それが遊びの感覚を広げてくれると思うんですよ」
──たしかに、経験の幅を広げることでもっと優しくなれるし寛容になれますよね。面白いです。
「“感覚”と”知識”って、人生においてどっちも大事なんですよね。歌舞伎町の人って、毎日飲んでるから、いろんなことを感覚として知っているんですよ。でも振り返らないから知識にならない。一方で遊ばない人って知識はめちゃくちゃ多いと思うんです。でも実際に自分の想定外のことに出会ったら、受け入れられない」
──歌舞伎町という場所もいいですよね。例えば毎日下北沢で飲んだとしても、音楽とか映画の話ばかりになって想像の範疇を出なさそうです。
「そう。だからそういう意味では“自分の想像を超えられる町”だと思いますよ。遊ぶ内容に意味があるかどうかは関係ないんです。ただ感覚的に飲んで、自然と誰かと出会うことで“こんな人がいるんだなぁ”とか“なんでこんなこと言っちゃったのかなぁ”と思うきっかけになる。
それが最終的に”自分とは何者なのか”という問いにつながると思うんですよね。そこにこそ学びや、本質的な喜びがあると思うんです」
ルーティンでも”小さな変化”が見つかれば、それは遊び
──不確実な行動って、年を取るほど選ばなくなりますよね。
「そうかもしれませんね。でもこれはあくまで僕の生き方なだけであって、幸せは多種多様ですからね。
例えば“今日は朝から筋トレに行って、スタバのコーヒーを片手に会社に向かい、10時から19時まで良い仕事をして……今日は完璧な一日だった”という、一つひとつの行動に”意味”を持たせる喜びもあると思うんです。それも幸せの形ですよね。
でも僕は昔から“偶然何かを見つけた”という喜びを見出すタイプでした。実は高校生のときにバスの運転手になりたかったんですよ。毎日のように同じルートを走行する中で、ちょっとした差異があるじゃないですか。“道が混んでるなぁ”とか“花が咲いてるなぁ”とか。そんな発見が楽しくて、高校生のとき同じ路線のバスに乗ってたんですよね。
だから、ルーティンワークだとしても、毎日の小さな変化を喜べるならば、それは遊びだと思います。でも変化を楽しめないと想像力は鍛えられない。例えば電車が止まっただけで怒りが爆発しちゃったり、仕事が進まないことにムカついちゃうようになる。どんどん意味のない遊びを受け入れられない人間になると思うんです」
──なるほど。手塚さん自身が歌舞伎町で飲むときに意識していることってあるんですか?
「いかに能動的に偶然性を生み出すかを考えていますね。だから飲む店や時間を決めるのは好きじゃないんですよ。ノープランでふらっと店に入って、そこで偶然知り合いと会ったら数珠繋ぎに他の店に移動したりね。海外に行くときも同じで、下調べはしません。だから僕、メキシコやペルーも宿も取らずに行きました」
──それはすごいっすね(笑)。
「でも本来、人間って“意味のないことをして、心地を楽しむ生き物”だと思いますよ。僕はいま2歳の子がいます。小さな子って、何度もグルグル回っては倒れたり、お人形を寝かしつけたりしますよね。
もちろんその行動に意味なんてない。でもすごくうらやましいです。時間やお金などの制約がなくて、真に自由で幸せな状態だと思いますね。僕もお酒を飲んで酔っぱらっているときに最も自由を感じます」
お金稼ぎ以上の「人生の豊かさ」を感じられるホスト
──それほど遊びを楽しめるからこそ、Smappa! Groupはこれまでのホストがしてこなかった活動ができているのかな、と思います。
「そうですね。例えば歌会なんて歌舞伎町のホストが絶対に自分では選ばないことですからね。普通のホストって毎日のように同じ仲間たちと同じバーに通うんですよ。そんな状況だったから、あえてエラーを起こしたかったんですよね。
好きなことは自分で勝手に選ぶじゃないですか。それが自然な形とは思っていません。結局のところ興味あることを選ぶほうが楽なんですよ。
今はYouTubeを見ようと思ったら、自分の興味がある動画ばっかり出てきますよね。だから楽して同じような動画を見ちゃいますけど、それってGoogle側からターゲティングされているだけで、決して自然な形じゃないと思います。むしろかなり人工的にコンテンツを与えられているわけで、遊びとはいえないです。だからあえて、歌会を開催したんですよね」
──その結果、ホストの方がちゃんと参加しているのが素晴らしいです。
「みんな嫌々ですよ。強制しているだけです。やっぱり興味のないことにチャレンジするのは楽じゃないですからね。
でもそれでいいと思います。嫌々でもエラーを起こさないと人生は変わらないじゃないですか。何もしないより、1回や2回だけでも参加して想像もできない経験をしたほうが、彼らの人生を豊かにすると思ってます」
──そう考えると、Smappa!Groupのホストのみなさんは、すごく大事な経験をしていますよね。他のホストの運営会社では絶対できない経験ができます。
「そうですね。一般のホストの経営者は資本主義のゲームメーカーとして優秀な人は多いと思います。でも従業員の人生を豊かにする能力に関しては足りてないですよね。いくら稼いでも“足りない足りない”って競争をあおるじゃないですか。
もちろんビジネスとしてお金は大事ですが、僕は従業員に対して“もっといろんな遊びを通して想像力を高めてほしい”と思います」
──でも接客業の場合、想像力がお客さんの楽しみにもつながりますよね。私も何度かSmappa!Groupのコンセプトカフェ(※)にお邪魔しましたが、「お客さんの求めていることを見抜いて柔軟に接する力」の高さには驚きます。すさまじく接客のレベルが高いと思いました。
※歌舞伎町のBAR「麦ノ音」内のスペースで運営している「ひみつきち屋さん」。動画配信などで活躍中の、星乃すあまさんが一人で運営されている。
「前編でもお話ししましたが、やっぱ歌舞伎町は他の町と比べるといろんなお客さんがやってきます。客層が偏っている町と比べると、臨機応変に対応できる人が多いとは思いますね。
コンカフェにはよく行かれるんですか?」
──そうですね。たまに行きます。
「コンカフェのおもしろさって不自由さだと思うんですよ。コンカフェって明確なルールがあるじゃないですか。だから不自由なんですよ。例えば仮面舞踏会って相手の顔がわからないから、普段は選ばない相手を選ぶ。そこが面白いじゃないですか。
歌舞伎町でいうと、前編で“お金が基準になっているから、何者でもない状態になれる”と言ったんですけど、それはやっぱり不自由なんですよ。
自分の趣味や人間性を理解してくれる人との会話のほうが楽ですよね。でも知ってる分、予想できるような会話しか生まれないから楽しくないじゃないですか。だから遊ぶうえで”不自由さ”があったほうがいいと思いますね」
──2023年4月に歌舞伎町タワーがオープンしました。町はどう変わっていくと考えていらっしゃいますか?
「どうなるんでしょうね。わからないですが、Smappa!Groupとしては観光に力を入れていきたいですね。香港の重慶大厦(チョンキンマンション※)のように、歌舞伎町の多様性は世界的に見ても超ユニークなんですよね。だからダイバーシティに興味がある世界中の人たちがやってくる可能性もあるのかな、と思います。
日本で“ダイバーシティな会社を作りたい”と思っている経営者や政治家の方もそうですよ。歌舞伎町ほどいろんな人が一緒に暮らしているコミュニティは他にないんだから、歌舞伎町で遊べばいいじゃんって思いますね」
※1960年代に開発された香港の複合ビル。多種多様な人が共存していて、コミュニティ内で経済圏が生まれている。
──経営としても面白いフェーズですよね。
「そうですね。とはいえ、僕はやっぱ酒を飲んで酩酊状態で遊ぶことが人生で大切なことだと思っているので、歌舞伎町で毎日酒を飲んでいようかなと思いますよ。最近ちょっと酒のダメージが残ってきちゃうので、体力的にあと5年くらいですかね(笑)。限界が来るまでは遊び続けたいですね」
「自分もいていいんだなと思える」 日本一心の広い町・歌舞伎町の魅力
筆者は数年前、歌舞伎町で働いている50人ほどの方にインタビューをし続けていた時期がある。一人ひとりが多種多様なバックグラウンドを持っていた。歌舞伎町を選んだ動機もさまざまだったが、特に「安心できる」や「自分もいていいんだなと思える」という言葉をよく聞いたことを覚えている。
そのときに歌舞伎町の心の広さを知った。そして今回のインタビューで歌舞伎町の姿勢を教えてもらい、はっきりと腑(ふ)に落ちた。歌舞伎町ほど人に対して寛容な町は他にない。
ただ、読者の方の中には「なんか怖そうな町」という目で見てしまう方もいると思う。しかし歌舞伎町はそんな偏見を持った方もオープンに迎え入れてくれる。イメージだけで差別的に見てしまうのは私たちだけなのだ。
そんな町の特徴と手塚さんの「遊び観」が通じているのは、とても面白い。遊びとは想像もしない自分と出会うこと。怖いとか嫌悪とか興味というフィルターをなくして、すべてを受け入れる姿勢は、まさに歌舞伎町のカラーと共通している。そこには禅的ともいえる素敵さがある。
さて、手塚さんの言葉を借りれば、遊びは想像しない”余白”が大きいほど面白い。昨日まで知らなかった自分に出会い、自分の姿を見つめ直せる。つまり、普段は歌舞伎町に来ない方ほど、歌舞伎町での遊びを楽しめるのだろう。
「自分には合わないかも……」と腰が引けつつ、この記事を最後まで読んでしまうほど気になっちゃう方こそ、一度遊んでみてはいかがだろうか。きっと次の日の朝には、偏見や差別的感情が少しだけ薄れた優しい人間になっているはずだ。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)