『らんまん』第17週、万太郎(神木隆之介)は水生植物のムジナモを見つけた。それは「アルドロヴァンダ・ヴェシクローサ」という植物で、日本で見つかったとすれば大発見──そう指摘したのは教授の田邊(要潤)で、万太郎に論文を書くよう命じた。万太郎は論文と植物画を完成させ「植物学雑誌」に掲載、それを見た田邊はこう言う。「今後、わが東京大学植物学教室への出入りを禁ずる」。まさかの出禁宣告だった。
理由は「名前」だ。採取したのは万太郎だが、研究が始まったのは田邊の指摘から。が、万太郎、論文に田邊の名前を載せなかった。大窪(今野浩喜)は「田邊との共著」とすべきだったと叱責した。それが正解かはわからない。が、執筆にあたり、万太郎が教授への「気遣い」らしきものを示していたら、出禁までにはならなかったのではないだろうか。が、万太郎、そういう世界には住んでいない。
万太郎の本質を言い当てていたのが、画工の野宮(亀田佳明)だ。「あの人は裏表のない、無邪気で無知な人なんです。私も教師をしていたのでわかります。そういう子ほど、可愛い」。万太郎は無邪気で無知で可愛い子どもだから、論文執筆にこぎつけた。同じ理由で、出禁になってしまった。
出禁より気になったことが別にあった。17週の最後、寿恵子(浜辺美波)が田邊の妻・聡子(中田青渚)に会いに行ったのだ。田邊家の門の前まで行ったのに、そのまま帰ってしまう。それぞれの「小さな不幸せ」の予感というか雰囲気というか、そんなものが漂っていた。ほろ苦さが残る、不思議なシーンだった。
寿恵子と聡子、事情を抱えるふたりの友情が切ない
田邊家を訪れる前、寿恵子が行こうとしていたのは質屋だった。その日、万太郎は長屋で植物画を描いていた。邪魔をしないようにと、寿恵子は園子を背負って外に出る。冬の夕刻、寿恵子の髪が少しほつれている。園子に「寒いね、どうしようか、質屋さん、行こうか」と語りかける。手ぶらなのだから、質入れではない。となると、質屋に遊びに行く? ママ友でもいる? 謎の発言に戸惑いつつ見ていると、女学生たちが通る。彼女たちの会話に寿恵子は聡子を思い出し、田邊家へ。そんな展開だった。
聡子との初対面は、結婚間もなくのことだった。思惑のある田邊が、万太郎を招く口実に「結婚祝い」を使った。同年代である寿恵子に聡子が「お友達になっていただけませんか」と言い、寿恵子も「うれしい」と答えていた。だが、それ以来、2人は会っていない。そのことからしてちょっと寂しい。しかもそれぞれに、事情がある。
17週、寿恵子は家計の話を万太郎にした。自費出版の自転車操業についての説明だった。本を出す→売上が入る→版元に支払う→残りでインキや紙を買う→手元にお金は残らない。「内職だけじゃ、生活のお金が心もとなくって」と言う寿恵子に、万太郎の反応は「まあ、うん、なんとかなるき」だった。「すまんのう」とは言っていたが、なんとかするつもりはないのが万太郎だ。
そんな夫を持ちながら、寿恵子は田邊家にみかんを持っていったのだ。それなのに、女中に渡して帰ってしまった。門の前で寿恵子にみかんを渡された女中が、家に入ってくる。聡子が「おみかん? お出ししましょうか」と尋ねる。家に客(森有礼=橋本さとし)が来ていたからで、仕切っているのは女中なのだ。「これは、奥様に。今、子連れの方がいらして」と迷惑そうに答える女中。寿恵子という名を聞き、聡子は急いで外へ出たが、もう寿恵子はいない。冬の夕暮れが寂しい。
万太郎と田邊の関係と相対する、妻同士の関係
聡子と田邊、夫婦関係は悪くない。そのことを伝える場面も17週には用意されていた。田邊の政策論(テーマは「ローマ字」)を聞いた聡子が、感慨深げにこう言う。「旦那様ほどご立派なお方はいらっしゃいません。聡子は旦那様にお仕えできて、幸せにございます」。田邊はうれしかったからだろう、聡子にブランデー(たぶん)をすすめた。一口飲んで、「なんです、これ? 喉(のど)が熱い」と聡子。
幸せそうな聡子。とは思えなかった。幼さばかりが際立つのだ。初対面の寿恵子に語った、結婚の経緯を知っているからなおさらだ。2人の娘を残し、田邊の妻が亡くなる。田邊と知り合いだったのが、判事をしている聡子の父。「お一人ではご不便だろうからと、私が参ることに」と聡子は言っていた。そういう結婚が山ほどあった時代に、尊敬できる人の妻となれたことは幸運だったろう。それにしても「御茶ノ水の高等女学校を途中でよして、こちらに」という聡子は、夫を尊敬するだけで幸せだろうか、などと思ってしまう。
17週を見終わり、「弱きもの、汝の名は女」というシェイクスピアの台詞が去来した。次週以降も、万太郎と田邊の関係は描かれるはずだ。森が初代文部大臣になり、ますます政治性を強めていくはずの田邊。寿恵子が2人目を妊娠中で、ますますお金が必要になる槙野家。聡子と寿恵子は、どんなふうに生きていくのだろう。特に寿恵子。マッチ箱の内職のままだろうか。2人が「弱きもの」でなくなっていけば、『らんまん』をどんどん好きになれるのに。そんな期待は、さてどうなるだろう。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。