先日、WOWOWで放送された亀梨和也さん主演の『連続ドラマW 正体』。亀梨さんが殺人事件の容疑者として死刑を宣告された男を熱演し、話題になりました。
その原作となる小説『正体』を書いた作家の染井為人さんは、元芸能マネージャーという異色の経歴の持ち主。
デビュー作の『悪い夏』で、いきなり横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞。それ以来、『正義の申し子』、『海神(わだつみ)』など数々の物語を世に送り出してきたものの、その素顔はあまり明かされていません。作家になるまでの知られざる経緯や、物語を生み出す原動力などを伺いました。
福祉の仕事に応募したはずが、なぜかマネージャーに
「実は昔から作家を目指していたわけではなく、かかってくる電話から逃げ出して、ひとりで静かに過ごしたいというのが、小説を書き始めたきっかけだったんです」
──すごいきっかけですね。それまではどのような仕事をされていたのですか?
「高校を卒業するまではサッカーひと筋でしたが、プロにもなれず、推薦で大学に行くこともできませんでした。卒業してから2年くらいは、長野県の菅平にあるサッカー養成所でサッカーを続けていましたが、20歳になる頃には地元の千葉に戻ることに。そこから1年くらいはグループホームで介護の仕事をしていましたが、これで一生食べていくのは厳しいかなと思い、退職しました」
──菅平も介護も、小説『正体』に出てくる場所や職業ですね。
「その頃の体験を参考にしました。介護の仕事の後は派遣会社に入社したものの、ある事件が起きてまた辞めることに。その後の転職活動で縁があって入社したのが、芸能事務所だったんです。福祉関連事業も行っている会社だったのでそれを狙って応募したのですが、採用されたのはまさかのマネージャーでした(笑)」
──マネージャーのお仕事はどのようなものだったのですか?
「今はもうありませんが、ティーン向けの『ピチレモン』(学研プラス、2015年に休刊)という雑誌に出ている、モデルのマネージャーです。所属しているのは小学校高学年から高校生くらいまでの女の子ばかりで、まるで私は学校の先生のようでした。例えば撮影前に電話で朝起こしたり、悩んでいる子がいたら相談にのり、学校からクレームがあれば謝りに行くことも。
モデルの世界は厳しいですから、努力している子が必ず活躍できるわけではありません。がんばっていても優遇してあげられず、落ちこんでいるのを見るのがつらいこともありましたね」
きっかけは、なりゆきで書いた児童書籍
──芸能マネージャーと作家、まったく関係なさそうですが、なにかきっかけはあったのでしょうか?
「実はなりゆきで、マネージャー時代に『うちらのオーデョション物語』(学研パブリッシング、2012年)という児童書籍を1冊書いているんです。所属モデルたちの話をもとに、彼女たちがモデルになるまでの物語が書かれています。実はこの書籍は、もともとは別のライターさんが書く予定で、私はモデルに聞いた話を簡単なプロットとしてまとめていたんです。
そうしたら書く予定の方が急きょ、難しくなってしまい……。プロットを見た編集者に、そのまま書いてほしいと依頼され、流れで書くことになったんです」
──それが作家への第一歩だったんですか?
「そう見えるのですが、そんなことはないんです。その時点では作家になりたいとは思っておらず。ただ、つらいからマネージャーは辞めたいと思っていました。でも会社から引き止められ、その代わりにマネージャーだけでなく舞台のプロデューサをやってみないかと提案されたんです。
プロデューサーと言っても脚本を書くわけではなく、メインはお金まわりのことなど裏方の仕事。でもこの頃から舞台の脚本や、モデルが出演する作品の台本を読んでいると、“こうすればもっと面白いのに”、“自分ならこうするのに”と思うようになっていました。せっかくお金をかけて作品をつくるのにもったいないという、怒りではなく虚しさを感じていたんです」
──その経験が生かされているんですね。
「そう思います。この頃には私も30歳くらいになっていました。芸能の仕事はにぎやかですが、私は先ほどのように、毎日時間を問わずかかってくる電話から逃げて、ひとりで静かに仕事がしたいと思うように。実際に作家になってから2年くらいは、携帯電話を持っていない時期がありました。さすがに不便でまた持つようになりましたが(笑)。
理想とする環境で働くには小説を書くか、絵を描くしかないと思いました。絵は好きだったのですがプロになるのは難しく、『うちらのオーデョション物語』で文章を褒めてもらえたことが意外とうれしかったのもあり、作家にチャレンジすることにしたんです」
初めての作品でまさかの作家デビュー
──そこからどのように作家を目指したのですか?
「仕事関係で出版社に知り合いもいるし、なんとかなるかなという期待もありました。ただ文学賞などを獲れば賞金がもらえるので、働きながらそちらを目指すことにしました」
──最初に書いたのが染井為人名義のデビュー作となる『悪い夏』(KADOKAWA、2017年)ですか?
「そうです。書くのにトータルで2年ほどかかりました。応募した横溝正史ミステリ大賞で賞を獲ることができ、デビューにつながりました」
──最初に書いた作品でデビューしたんですね。
「初めての作品でデビューできましたが、本当に狭き門だとは思います。誰かに書き方を教わったわけではないものの、プロデューサー時代に短いものですが、ショートコントの構成を考えた経験はありました。またそれまでにいろいろな職業を経験し、さまざまな人と接したことで、出来事を俯瞰(ふかん)で見るクセがあったのはいい影響だったのかもしれません。
あと直接関係はありませんが、マネージャー時代に仕事で沖縄に行ったんです。一緒に行った当時のモデルで今は女優として活躍している清野菜名さんが、どうしても『沖縄の父』という人に占ってもらいたいと言うので、仕方がないので付いていくことに。
彼女は“芸能界に向いていないけれど、19歳に一度だけチャンスがあるから、そこにすべてを賭けろ。それでも無理なら芸能界を辞めなさい”と言われていました。
その時に私は、“マネージャーの仕事は向いていないので、すぐに辞めてクリエイティブな仕事をしろ”と言われたんです。占ってもらった後はふたりで、失礼な占い師だって怒っていました(笑)。
でも何年かたってみると彼女は19歳の頃に出演した映画がきっかけでブレイクし、今も女優として活躍しています。そして私は作家になっていて、結局当たっていたんだなと思っています」
──今でも当時のモデルさんたちとは会っているのですか?
「たまに会うことがあります。当時あんなに子どもだったのに、今ではみんなすっかり大人になっていて驚きますね。困ったことや相談事があると、連絡してきます」
──今後また、ご自身の作品が映像化されるときに出演してくれたらうれしいですね。
「いやいや、それは恥ずかしいので遠慮したいです(笑)」
◇ ◇ ◇
作家になりたいと思い何度挑戦してもかなわない人も多い中、夢だったわけではなく、なりゆきでなったという驚きの事実が発覚しました。今でもできることならサッカー選手になりたいと話す染井為人さん。次回は、作家になってからの話を、詳しく聞いていきます。
*インタビュー第2弾→亀梨和也さん主演ドラマ『正体』の原作者・染井為人さんが明かす、“物語を生む原動力”と“将来への本音”
(取材・文/酒井明子)
《PROFILE》
染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能プロダクションにて、マネージャーや舞台などのプロデューサーを務める。2017年『悪い夏』で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞し小説家デビュー。『正体』(光文社)が、読書メーター注目本ランキング1位を獲得し、WOWOWの連続ドラマで映像化された。他の著書に『正義の申し子』『震える天秤』(ともにKADOKAWA)『海神』(光文社)などがある。