当事者と家族がどんどん孤立していく現状

 '19年5月28日、神奈川県川崎市で通り魔による殺傷事件が起こった翌日、川崎市は会見を開き、容疑者に関する情報を発表。長い期間、就労せず外出も少ない生活で「ひきこもり傾向」にあったことや、50代の容疑者が80代の叔父と叔母から小遣いをもらっていた、との報道をもとに、80代の親がひきこもる50代の子を支える『8050問題』が大きな注目を浴びた。

 また、テレビのワイドショーでは、ひきこもり当事者を犯罪者予備軍かのように語るタレントが続出。ネット上でも特に問題視されていたのが、事件直後の『ひるおび』(TBS系)におけるコメントだ。

「こういうモンスターを作り上げる前に、もっと早く何とかできた」「どんどん甘やかしてたわけでしょう。それがこういう恐ろしい人をこしらえてしまった」(落語家・立川志らく)

「ひきこもりの高齢者が61万人もいる。全部が悪魔になるとは思わないが、予備軍になるような人が、もしかしたらいるかもしれない」(日本女子体育大学・溝口紀子教授)

 また、発言力の強いダウンタウンの松本人志による、『ワイドナショー』(フジテレビ系)での、ひきこもり当事者をまるで“不良品”とみなすかのようにとれる発言もあった。

 こうしたコメントにより、世間からの迫害の目が強まり、ネット上では「死ぬならひとりで死ね」などといった誹謗(ひぼう)中傷が飛び交った。当事者とその家族の間では不安が広がり、事件発生後は、当事者団体『特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会(以下、家族会)』に、朝から晩まで、ひっきりなしに電話がかかってきたという。

「不安から体調が悪化して、入院をした当事者もいたほどです。当事者や家族からも非常に多くの連絡が来て、内容は“うちの子も事件を起こすんじゃないか”という心配や、“犯人と同一視されて世間からの目が怖い”というような相談が多く寄せられました」(池上氏)

 この事件の余波が静まる前に、さらなる事件が発生。'19年6月1日、東京都練馬区で元農水事務次官(当時76歳)が、無職の長男(当時44歳)を刺殺した。

 一部報道によると、容疑者は事件直後、「川崎市の20人殺傷事件を知り、長男も人に危害を加えるかもしれないと思った」という趣旨の供述をしていたという。

 公判ではその件に関する言及はなかったが、当事者への不安、そして世間の恐怖を無駄に煽(あお)ったメディアの責任は極めて重いといえるだろう。

 その結果、日本全国で当事者と家族が地域で孤立し、誰にも助けを求められず、家族間の殺傷事件や孤独死などが数多く発生しつつあるのが現状だ。

 そして、この一連の流れは、「2000年代前半にひきこもりのバッシングが始まった時期の出来事と酷似している」と、前出の斎藤氏はいう。

 自身の新著『中高年ひきこもり』(幻冬舎)でも触れているが、'00年に起こった2つの事件が、世間を大きく騒がせた。1つめは、男性が9歳の少女を約10年間にわたって監禁し続けていたことが発覚した「新潟少女監禁事件」。2つめは、17歳の少年がバスを乗っ取り、3人の死傷者を出した「西鉄バスジャック事件」だ。

 斎藤氏によれば、これらの事件は「ひきこもりの厳格な定義には当てはまらない」というが、多くのメディアで「ひきこもりによる犯罪」だと報じられ、その存在が大きく注目されることに。それまでは1万部程度の売上げだった斎藤氏の著書『社会的ひきこもり』が、既刊としては異例の10万部を超えるベストセラーになったというから、当時の注目度を察することができる。

 メディアのバッシングも、「現在とは比較にならないほどひどかった」といい、リベラル寄りの大手新聞社さえ、社説で「ひきこもりは贅沢病である」という旨の記事を書いていたとか。

 当時と比べると、メディアのひきこもりに対する認識に変わった点はあるといえるが、まだ十分ではないのも事実だろう。