池上正樹さん

正規雇用をゴールにしてはいけない

 この調査で、冒頭に記したとおり「40〜64歳で推定61万3000人のひきこもりが存在する」という事実が判明。そして、'19年に神奈川・川崎、東京・練馬で立て続けに起きた大きな事件をきっかけに、国の対応もスピード感を増していく。前者は通り魔事件を起こした容疑者が「ひきこもり傾向にあった」と報道され、後者は元農水事務次官が無職の40代長男を刺殺したというショッキングな内容で、注目を浴びた。

「これらの事件に関する報道が増えたころ、根本匠厚生労働大臣からの呼びかけで、私が理事を務めている『KHJ全国ひきこもり家族会連合会』や当事者団体との意見交換会も行われました。国としても、ひきこもり本人や家族の声を聞いて支援施策に反映させようという方向に転換したことを示す、大きな意義を持つ出来事でした

 そしてその後、内閣府が進めていた総額1000億円を超える就職氷河期世代支援の予算に、ひきこもり対策が組み込まれることに。一見すると、支援の予算がついてまた一歩前進という印象もあるが、池上氏は、これはゴールの違う2つの支援をくっつけた「ピコ太郎的な対応だ」と指摘する。

「'20年から3年間取り組むとして、概算要求で1344億円が投入される予定だった『就職氷河期世代活躍支援プラン』に、ひきこもり支援がプロセス不明のまま組み込まれることになりました。もともとの流れとしては、'19年6月に閣議決定したのち、7月には内閣官房に『就職氷河期世代支援推進室』が設置され、氷河期のあおりを受けて非正規になっていた人々を支援するべく“30万人を正規雇用する”と打ち出した支援策でした。

 ここにひきこもり対策が組み込まれると“ひきこもりの人たちに共通したゴールは、正規雇用である”という誤解が広がり、そこにたどり着けない人たちが取りこぼされてしまいます

 この支援プランは就労支援を目的に作られた制度で、就労支援の相談や、人材育成プログラム、採用企業への助成金が主な内容だ。そして、この支援策のなかに配置されている『サポートステーション(以下、サポステ)』は、過去にひきこもり支援に使われ、大きな失敗を引き起こした機関なのだ。

「サポステは、就労に悩む若年無業者の就労支援を目的につくられた制度です。元々、半年内に就労させた人数をノルマに課されていたこともあり、受託機関に配置されたキャリアカウンセラーなどのスタッフの中には、ひきこもりの心情や特性を理解せず、相談者を傷つけてしまい、逆に社会復帰が遠のいてしまうケースも少なくありませんでした。

 ひきこもり支援に求められているのは、個々の状況や思いに寄り添い、家族全体が将来にわたって生活していけるプランを一緒に立てていくことです。家族会は、最初の窓口でたらい回しにならないよう、断らない相談対応と多職種・多機関連携による支援を求めています。サポステには最初の窓口ではなく就職・就労の選択肢に入ってもらうとともに、ひきこもりを理解するための人材研修を要望しています」

 では、当事者にとって本当に効果的な施策とは、どのようなものなのか。

「まず最初に必要なのは、安心して相談できる窓口です。相談員に求められる資質は、福祉の観点から、ひきこもる人の気持ちに寄り添えること。“それならあそこに行けばいい”“とにかく外に出るか、働いてみるべき”などと押し付けることなく“なぜ今、こんなにもしんどいのか”を聞き、痛みを受け止めてくれる人がいて、当事者は初めてきちんと相談をすることができます」

 心ある相談員のいる窓口にたどり着いたのちには、どのようなステップを踏むべきなのか。

「まず、当事者たちは人によってそれぞれ異なる理由で、自宅や自室に避難している状態です。職場でのパワハラやセクハラ、過労のほか、家族との問題、病気や貧困など……。みんな背景が異なるので、一概に“こうすれば解決する”という方法がありません。

 ただひとつ言えることは、家のほかに自分の“居場所”を見つけることが社会復帰への第一歩であるということ。本人が行きたいと思える、自分がいてもいいんだ、と感じられる場所を作ることが重要で、それがどこかの施設や店なのか、特定の人物が存在する空間なのかなど、どんな場所かは一人ひとり違います