まず第一に本人の気持ちを汲んで
ここまで、当事者の助けになる窓口や必要なステップについて論じてきたが、そもそもひきこもりに陥ってしまう理由が家族にあるケースも後を絶たないという。まず変わるべきなのは、当事者の自主性を台なしにしてしまう家族であると池上氏は述べる。
「わが子の現状を恥ずかしく思い、隠してしまう親が非常に多いです。親が“高い偏差値の学校じゃないと許さない”“いい会社に入らないと恥ずかしい”などと、子どもの進路や仕事について介入しすぎたことで、ひきこもってしまうケースは少なくありません」
その一例が、前述した東京・練馬で'19年に起こった、元農水事務次官がひきこもり当事者の息子を殺害した事件だ。
「父親は学生時代からエリートで行政のトップまで上り詰めた人だからこそ、人に助けてもらう経験がなかったかもしれないし、周囲に弱みを見せられなかったんだと思います。その弱みとは、働かずに引きこもっている子どもの存在だった。発達障害の傾向があり清掃が苦手な息子に対して、ゴミ出しができないことを執拗(しつよう)に責め続けてトラブルを起こしたり、本人の進路に対しても、世間の目と自分のプライドを気にして“まとも”な職につかせようと奔走していました。
最初は大学に行かせて就職させようとしたがうまくいかず、アニメ制作会社の採用を父親主導で受けさせていたようです。“まとも”に就職できないなら、アーティスト的な仕事をと親なりに期待したのでしょうか。ところが、ことごとく不採用だったため、裁判の被告人質問の際に“せめてアニメの才能がもう少しあればよかったのに、かわいそうな思いをさせてしまった”と証言しています。
こんなこと、本来は親とはいえど人に言われることじゃないわけですよ。どう生きていくかは本人の問題なのに、なぜそこまで自分に主導権があると思っているのか。わが子には才能がない、と決めつけているのも痛ましい。被害者が自主性を奪われてどれだけつらい思いをしてきたのか、想像に難くありません」
さらに、裁判で証言された内容について、池上氏がこう語る。
「容疑者は30回以上も息子を刺したうえ、マスコミの目を恐れて早々にタクシーを呼び、ホテルに向かった。いかに周囲の目ばかりを気にしていたかがわかります。わが子よりも、世間体を中心に世界が回っていた。まずは少しでもいいから、子どもの苦しみを想像する視点を持ってほしかったと強く思います。
高度経済成長時代を生き抜いた世代の親から見ると“自分たちはこれだけ働いてきたんだから”と比較してしまうこともあるかもしれません。しかし、時代が大きく変わっていわゆる中流が崩壊し、可処分所得も下がり続けている。特に、若い世代の収入は非常に厳しいわけですよね。年金だってどれだけもらえるのかわからない。
子どもが自立したら仕送りをしてもらう。それが当たり前だった時代もあると思いますが、そんな期待はせずに“それぞれ自分らしく、健全に生きていってくれればよい”くらいの心持ちで接するのがいいかもしれません」
常に当事者を第一に考える姿勢を失ってはいけないということはよくわかった。では、子どもの行動に介入してしまう親や、自罰的な感情に苛まれる当事者たちは、具体的にはどのような行動をとればよいのだろうか。
「家族について言えることは、“親として子どもにどうなってほしいか”を考えるのではなく、本人が何を考えているのか、という点にフォーカスしてほしいです。ひきこもりになってしまった理由は必ず存在するうえ、当事者自身も把握できていないケースが多々ある。どんどん孤立していくなかで、自分の考えていることや、それが正しいのかどうかということすら、確認できなくなっているからです。
したがって、まずは本人の話に耳を傾け、本人が言葉を紡ぎ出すのを待つこと。そして何か発信されたら、たとえ批判的な発言であっても、大きな第一歩だと思って聞くことです。“~すべき”という押しつけをやめることで、本人はプレッシャーから解放され、少しずつ対話のできる関係性が復活するはずです。これだけでもかなりの前進だと思います。そうすれば、次のステップが見えてくるわけですから」
では、当事者たちは?
「前述したように、自分の気持ちややりたいことがわからくなってしまう人もしばしば。家族から否定され、なかなか話ができない場合もあるので、それ以外のつながりをどう作り出していくかが重要です。そこで、まずはいろんな情報を得て、自分と同じ趣味のコミュニティや、当事者同士の集まりに勇気を出して連絡してみたり、出かけてみたりするとか。人との出会いに限らず、自分が癒やされるスポットを探してみるのもよいでしょう。
親の意向や世間からの目になるべく左右されないように“自分にとって何が幸せなのか、どんなときに充実していると感じるのか”を考えて、少しずつそこに向かっていくしかないんだと思います」
このアドバイスは、現在ひきこもりである人に限らず、仕事や学校、人間関係で疲れを感じている人にも当てはまるかもしれない。ひきこもりという社会問題でひとくくりにするのではなく、当事者らは社会構造の歪みによって生きづらさを抱えている人たちの一端であり、その状態に陥る理由、そして脱出するための方策も“人の数だけある”という認識を持つべきなのだろう。
(取材・文/森ユースケ、取材協力/『ひきこもり新聞』編集長・木村ナオヒロ)
【PROFILE】
池上正樹(いけがみ・まさき) ◎通信社などの勤務を経て、現在フリーのジャーナリスト。『KHJ全国ひきこもり家族会連合会』広報担当理事。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材を長く続ける。著書に『ルポ「8050問題」高齢親子〝ひきこもり死〟の現場から 』『ルポ ひきこもり未満』(集英社新書)『ひきこもる女性たち』『大人のひきこもり』など。TVやラジオにも数多く出演。