エサを食べに勝手に来ちゃう

「まだ野良犬が路上をウロウロしていた時代で、あの夫婦は1匹にエサを与え始めた。やがて、面倒をみる犬は増え、自宅の庭で飼うようになり、しっかりとした犬小屋を建てた。それでも足りず室内でも飼育するようになり、約30年前の時点で室内外合わせて30匹以上は飼っていた」(近所の住民)

 この頃すでに鳴き声はうるさく、雨が降ると周辺に獣臭が漂った。庭で弱い犬をほかの犬たちが取り囲み、咬み殺すという残酷なシーンも目撃されている。

「さすがに飼いすぎじゃないか」

 と直接諌める近隣住民に対し、

 この一家は「うちで飼っているのはコレとコレとコレで、ほかはエサを食べに勝手に来ちゃうだけなんです」などと言い訳したという。

 約20年前には近くの公園まで悪臭が広がり、学区の小学校で「あの公園で遊ぶと身体にダニがつくから行ってはダメ」と指導するほどに。

 最終的に“大きな犬小屋”と化す木造平屋建て住宅を新築したのは16年前のことだから、一家なりに周辺環境に配慮したのかもしれない。

 しかし、完全に犬を室内に閉じ込めたわけではないようだ。関係者によると、平屋建て住宅から裏庭には自由に出入りできるようになっていたという。それでも、犬にとっては狭い室内で居場所を探すのもたいへんな状況に置かれていたことに変わりなく、ストレスはたまったようだ。

 7年前、室内から犬が逃げ出す騒動が起こっている。

 別の近隣男性は言う。

「玄関を開けていたら逃げちゃったみたい。あれだけ頭数が多いのに犬を散歩させているのは見たことがないから運動不足だったんでしょう。ちゃんと狂犬病の予防注射をしているかわからないし、噛まれたら怖いなと思ったことを覚えている」

 狂犬病予防法は、飼い主に対し、生後91日以上のすべての犬について所有してから30日以内に市町村に登録することと、狂犬病の予防注射を受けさせることを義務付けている。違反者は20万円以下の罰金対象だ。

行政指導の限界

 県によると、出雲保健所はこのとき保護した犬を返す際に初めて一家と接触。飼い主がわかる首輪をつけて登録し、予防注射をするよう指導したという。

「最初は頭数を教えてもらっていませんが、2年後にちゃんとやっているか訪問調査したときに“十数匹飼っている”と言うので不妊・去勢手術をするよう言いました。昨年、近所から“臭いがする”と苦情を受け、再訪問したところ“20匹近くいる”と言うので登録・注射のほか周辺環境への配慮を加えて再指導しました」

 と担当の県薬事衛生課・食品衛生グループの中村祥人グループリーダー。

 一家は頭数を約10分の1に抑える過少申告をしたわけだが、今年6月に動物愛護法が改正されるまでは室内に立ち入って実態を把握することは難しかったという。

 前出の佐上理事長は、視察時にこんな光景を見ている。

「栄養不足であばら骨が浮き出ている犬もいました。エサが足りず、成犬の肛門に鼻先を近づけている子犬もいました。ウンチが地面に落ちる前に直接食べようとしているんです」

 それが多頭飼育崩壊の現実だった。

あばら骨が浮き出ている犬も(画像提供:「どうぶつ基金」)