夫婦だけの暮らしになり──
別の知人女性が言う。
「正子さんは心の病気でした。入院することもあったので、充さんがひとりで面倒をみるのはたいへんだったと思います」
夫婦2人暮らしになると、充さんは正子さんの体力を維持させようと徒歩での買い物に付き添うようになり、それも難しくなると車で一緒に出かけた。自宅に籠(こ)もらせたくないようだったという。
「若いころは夫婦で一緒に歩くなんて照れ臭くてできなかった男が、しょっちゅう、奥さんと連れだって買い物に出かけるようになった。最高の夫婦ですよ。高級車に乗っているけど、別に車の趣味があるわけではないんです。ほかにお金の使い途がなかっただけ。奥さんが歩けなくなってからは、スーパーまで買い物に行く足がわりにすぎません」
と前出の知人男性。
そんな夫の献身が正子さんにはうれしかったようで、別の知人に対して、
「夫が車で買い物に連れて行ってくれるの」
とノロケることもあった。
そうやって病気と闘っても、正子さんの症状は改善しなかったという。
「正子さんが服用する薬はどんどん強くなり、やがて副作用で幻覚をみるようになった。約1年前、幻覚は深刻になって正子さんから目が離せなくなった。これが『老老介護』の現実です。充さんは“幻覚がひどいから医者に薬を弱くしてもらうんだ”と言っていた。私と話したのはそれが最後。夫婦どちらかが残る生き方はもうできなかったんだろう」(前出の知人男性)
現時点では、なぜ死亡したかはわかっていない。
連れ添って50年以上、夫婦は同じベッドで終わりを迎えた。目を閉じる前、どんな思いで寝室の天井を見つめたのだろう。庭先を明るく彩るサツキは来春まで咲かない。悲しむ親族や知人に思いをめぐらせ、冬を耐え忍ぶ余裕は残されていなかったのか──。
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙「法律新聞」記者を経て、夕刊紙「内外タイムス」報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より「週刊女性」で社会分野担当記者として取材・執筆する