急にミュージシャンぶることもあった
周囲を畑に囲まれた容疑者宅を訪ねると、家人の応答も人の気配もなし。風穴のあいた廃屋のような古民家で、ガラス越しにビールの空き缶などが詰まったゴミ袋がいくつも見えた。
近所の女性が言う。
「家にはだれもいませんよ。彼はずっと独身でひとり暮らしだから。十数年前までは老いた母親と住んでいましたが、もう亡くなっています。
賽銭泥棒で逮捕されたと聞き、正直またかと思いました。昔から手癖の悪さで有名で、農協に米を盗みに入ったり、神社や地蔵のあるお堂で賽銭泥棒したり、車上狙いしたり。警察にも何度か捕まっているんだけど、被害額が小さいせいかすぐ戻ってくるんです」
農業や建設作業の手伝いで生計を立てていた父親と、工場でパート勤務する母親のあいだに6人以上いるきょうだいの末っ子として生まれた。地元の小・中学を経て職業訓練校に進み、さまざまな仕事に就いたがどれも長続きしなかった。
容疑者の知人男性はあきれたように話す。
「根っからの仕事嫌いなんだよ。健康センターの清掃、ゴルフ場の草むしり、ラーメン店の店員などあらゆる仕事をしたことがあるが、10日も続いたことはない。いい大人が仕事もせずプラプラしているのは世間体が悪いから、仕事を世話しようと思っても、あーだ、こーだ言って働こうとしないんだ」
ダンプカーの助手席に座っているだけで弁当も出すよ、と持ちかけると、
「いや……」
と渋る。
犬の散歩を手伝ってくれれば小遣いを出すよ、と言うと、
「犬は嫌いなんだ」
と断る。
無職であることを認めず、架空の勤務先を口にしたり、
「オレは作詞をしているんだ」
と急にミュージシャンぶることもあった。
きょうだいがみな自立し、両親が他界しても容疑者のスタンスは変わらなかった。
「働かないくせに酒とたばこは欠かさず、近くのコンビニなどで1・8リットル入りの酒の紙パックをよく買っていた。皮肉をこめて“おまえ、たいしたもんだな。仕事もしないでたばこ吸って酒飲んで”と声をかけると、“安い酒だよ”と言い訳していた。なんたって、母親が亡くなる前に老人ホームに入っていたとき、金をせびりに顔を出したぐらいなんだから」
と知人男性。
近隣住民の多くは、容疑者の生計について「親の遺産の残り」「きょうだいの援助」「生活保護費」などでまかなっていると思っていたという。
町内会費はもう何十年も払っておらず、そうした負い目からか、生活保護費の受給を勧めても、「オレなんか、もらえっこないよ」と首を振った。
その一方で、賽銭泥棒行脚はしていたわけだからひどい。