天皇陛下の「お気持ち」と今後の展望
西村長官は会見で、陛下が「開催が新型コロナウィルスの感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察している」と発言。
宮内記者会見からの質問に対して「陛下から直接うかがったものではない」と繰り返し、「拝察」したものに過ぎないと強調した。
だが、長官という立場で、陛下に確認することなく異を唱える発言をするのは考えにくかった。発言は、陛下のお気持ちとして受け取られ、ニュースでも大きく取りあげられた。
長官が「拝察」「肌感覚」を繰り返したことで、収まったかのようにも見えたが、天皇が長官に発言させてまで国民に伝えたかった真意は何だったのか――。
陛下は慎重なご性格として知られている。第1回目の緊急事態宣言の直後に、天皇として国民に向けてのおことばを求める声もあったが、政治的関与は許されないというお立場から、公務の中で言葉を滲(にじ)ませたことがあった。
「以来、両陛下は公務の中で、実際に現場で働く医療従事者やコロナの専門家たちなどから話を聞いて、国民に寄り添われて来られました。お2人で熱心にメモを取られながら、現場で起こる苦労や改善策、感染拡大への憂慮などを示されていらっしゃいました」(宮内庁関係者)
今年元日、両陛下はコロナ禍に関してのビデオメッセージを発表。現場の状況や関係者らから話を聞いてこられた両陛下のおことばには力があった。
4月20日、陛下は菅義偉総理大臣からの「内奏」を受けられた。「内奏」とは、総理が国内外の情勢について報告をするもので、内容は公にならない。その日の夜、菅首相は、衆院本会議でオリンピック・パラリンピック開催について「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として実現する決意に何ら変わりはない」と発言。
陛下とお会いした関係者によれば「陛下はオリンピックを反対しているわけではないが、ゴールデンウイーク前で感染者が増えることも予測される中で、オリンピックありきの強い姿勢に少し違和感を感じておられるようでした」という。
次いで行われた6月22日の「内奏」では、菅総理大臣は、オリンピックのコロナウイルス対策などを報告したといわれたが、後の西村長官発言でウイルス対策について念押ししていることからも決して具体的なものではなく、納得はなさらなかったのだろう。
こうしたことからも西村発言は、陛下と菅政権の齟齬(そご)から生まれたのかもしれない。何としてもオリンピックを推し進めたい菅政権と国民の立場に寄り添ってきた陛下のお気持ちには、差があったのかもしれない。
陛下は雅子皇后が東宮妃時代、長期療養を余儀無くされるご病気(後に適応障害と発表)に苦しまれた際に「人格否定発言」をされて、現状を訴えられた。雅子さまを守るために宮内庁に風穴をあけられたが、さまざまなリスクも背負われた。
今回の長官発言とは、内容は違うものだが、根底には同じ現状を訴えるというものがある。宮内庁関係者は、
「陛下は、これからも政治的関与とならないよう間接的な手法で、お気持ちを述べられていくのではないでしょうか」という。
またひとつ、令和スタイルが垣間見えたようだった。
(取材・文/友納尚子)
《PROFILE》
友納尚子(とものう なおこ) ◎ジャーナリスト。新聞、雑誌記者として取材活動後、独立。社会ニュースを中心に取材。皇太子妃時代の雅子さまについて長く取材・執筆し、現在に至る。著書に『皇后雅子さま物語』(文春文庫)など