同人誌もクオリティにこだわりたい
同人誌の場合は、出版社の手を通さず、あらゆる作業を手条さんがひとりで行っている。
「同人誌だからって手を抜かず、内容も本自体の装丁も、高いクオリティにしたい。本文のレイアウトなどは自分でしていますが、装丁はアイデアを出して、イラストレーターやデザイナーに発注しています。印刷代もかかります」
手条さんが1冊の同人誌を作る際にかかる費用は「トータルで10万円弱」。そうやってできあがる同人誌の価格は、ほとんど500円と良心的だ。
「それなのに、“もうけてるんでしょ”って、ときどき言われるんです(笑)。利益ぶんは次の同人誌の印刷代などに回しているので手元に残らないし、むしろマイナスです。
私は普段は、主観を感じさせない鋭利な評論を書こうと意識しているんですが、昨年の秋に自分の気持ちを出した、“推し”(漫才師の『見取り図』)を応援する同人誌を作って。それで売り上げを得るのはなんだかな、と自分で思ったので、文学フリマで無料配布したら、ちょっとした騒ぎになりましたね(笑)」
無料配布本を見せてもらうと、全部で79ページある。手条さんは「自分の気持ちが出ている」と言ったが、文章はひとりよがりな部分が感じられず、推し活の具体例としても読める。
「ファン以外の方にも読んでもらえて、用意しておいた300部が、すぐになくなりました。制作には約10万円かかって、そのあと数回、増刷もしましたが、もちろん利益なしです。今は無料ダウンロードで読めます。
ただ、ほかの本の売り上げが補填してくれている部分もあるので、金額的にはマイナスでも、会社員が趣味に使う金額だと思えば普通かな、と考えてます。例えば、休暇で旅行に行く人も、これくらいの額は使っていると思うし」
真剣に作家として評論と向き合っているが、手条さんはその活動にお金を費やすことにストレスはない。「読んでくれる人が増えると素直にうれしい」と笑顔で話す。
評論を書くことは呼吸のようなもの
手条さんの会社員の仕事は激務だ。平日には自由時間がほとんど取れず、主に土日に執筆している。
「一章ぶんを一日で書いて、次の日、前日に書いたものを読み返したあと、次の章を書く。これを土日になるたびに繰り返します。最後の土日で推敲、校正、校閲をして、トータルで6日間。つまり、3週間ほどで書きあげます。そのあと、印刷して見直したりして、入稿はギリギリにしています。
ただ、もうちょっとスピードダウンして丁寧にやりたいなっていう反省点もありますね。今は1年に4回ほど同人誌を作り、3年に1回ほど商業出版で本を出してるんです。理想は、1年に2回同人誌、2年に1回は商業出版で本を出すことですね」
手条さんの人生において、評論とは何かと聞くと、すぐに「呼吸みたいなものです」という答えが返ってきた。
「最近、パソコンを買い換えたら動きが速くて。考えたことをささっと書ける」と笑ったあと、
「読者の方からのうれしい感想や周囲の期待があるから、書き続けられています」
こう話す手条さんの表情は真剣だった。
「新刊が出たあとは“燃え尽き症候群”になるんですけど、“次も楽しみにしてます”って声をもらうと、次回の同人誌即売会の予定が出たら、また書かなきゃって気持ちになります」
今後は「エッジのきいたテレビ番組のロケや、漫才・コントのネタについての評論を書きたい」と言う手条さん。
文字だけの同人誌は読まれにくい、という印象があるかもしれないが、手条さんの評論の鋭さは、新刊が出るたびに新たなファンを生み出している。
(取材・文/若林理央)