日本テレビのニュースコーナーでおなじみだった、キャスターの岸田雪子さん。『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)での、宮根誠司さんとの軽妙なやりとりが印象深い。'93年の入社以来、報道一筋。政治や社会、国際情勢など幅広く取材しながら、特にいじめや子育ての問題と熱心に向き合ってきた。結婚、出産、退社をへて、いまは思春期真っただ中のひとり息子と向き合う母親でもある。ジャーナリストとして、ひとりの母親として、子育てに悩む親たちに、いま伝えたいことがある。
'18年の末に日本テレビを退社して3年ほどになります。いまはフリーのキャスター、ジャーナリストとして、いじめや子育ての課題についての取材も継続しています。初めていじめ取材に取り組んでから20年以上になりますが、SNSの普及でいじめの形も複雑化しています。政府が「こども家庭庁」を作ろうとするなど変化もありますが、少子化の日本だからこそ、「産めよ働けよ」といった政治の視点ではなく、「幸せに子育てできる」と個人が実感できる社会づくりが必要で、現状はなかなかゴールが見えないと感じています。
当事者である子どもの声にまず耳を傾けたい
入社した翌年に、文部科学省担当記者を志願しました。当時、中学生が自死に追い込まれる深刻ないじめが社会問題になり、報道する立場としても、とてもショックを受けました。そして、ニュースの伝え方も変えなければと感じたんですね。「いじめがありました、学校はこう言って、親はこう言っている」……といった伝え方では足りない、と。なぜその子が追い込まれたのか、どうしたら防げるのかなどの教訓を学び伝えなければ、という思いに駆られました。
現場で大切にしたのは、ひとりでも多くの子どもの話を聞くことです。そもそも教育は子どもが主役ですから、先生や専門家や政治家の話だけ聞いていても始まらない、とシンプルに考えました。
いろいろな学校を回って子どもたちの声を聞き歩いていると、いじめを受けている当人が言えなかったこと、先生がわからなかったことも、周りの子どもたちはちゃんと見ているし知っているのだとわかったんです。
「もっと早く子どもたちの声に耳を傾けていれば、深刻な事態は防げたのではないか」と思えることも少なくありませんでした。いじめに限らず、不登校や、さまざまな子どもの育ちを支える制度についても、当事者である子どもたちの声がもっと反映される仕組みが必要だと思っています。
「同調圧力」と「自己責任論」に苦しむ親子も多い
海外にも、もちろんいじめや児童虐待などの問題はあり、例えばドイツでは、いじめについて多くの研究がなされています。
日本のいじめに特徴があるとすれば、周りの目を気にする「同調圧力」の強さは、いじめにも大きく影響していると思います。被害を受けた子どもたちのなかには「いじめは空気だ」と表現していた子もいました。「イヤだ」と声をあげずに笑って見せる子もいます。周りの子どもたちも、いじめに気づいていても「やめよう」と声をあげにくい。ですから、悩む子どもたちの声をキャッチする、大人の存在が大切になるのです。
「みんな学校に行っているのに、行けない自分が悪いのでは」
そんなふうに子どもも感じやすい社会なのだということも、心に留めておきたいですね。「学校を休んでもいいんだよ」という親御さんの一言で救われた、という子どもたちに、私は何人も会ってきました。「学校に行っているあなた」という条件つきではなく、「あなた自身を大事に思っている」という親御さんからのメッセージは、何より子どもたちのチカラになります。
勘違いされることもあるのですが、日本の義務教育の「義務」とは、子どもを無理にでも学校に行かせなければならないという意味ではないんです。むしろ、それぞれの子どもに合った学びの環境を整えてあげることが、周りの大人たちにとっての義務と言えるでしょう。
また、「自己責任論」が強いことで、苦しむ親子も少なくないと思います。
「子どもが不登校になったのは親の責任」
「虐待するなんてひどい親」
なにか問題が起こったとき、個人の責任にして終わりでは、解決に近づくことは難しいのですね。孤独な育児に悩む親御さんが多い背景にも、自己責任の風潮はあると思います。でも子育てって、とてもひとりで抱えられる仕事ではないですよね。子育て中の人も、そうでない人も、例えば介護を担う人も、病を抱える人も、それぞれが「お互いさま」と社会で支いあえる環境が必要だと思っています。
スウェーデンに学ぶ「親支援」の取り組み
日本の親御さんたちの悩みを実感するできごともありました。フリーになってから『スッキリ!』(日本テレビ系)に出演させていただいたときのこと。怒鳴ったり叩いたりしない子育てについてスタジオで解説していると、
「つい子どもを怒鳴ってしまう」
「子どもにどう向き合っていいかわからない」
といった声が、生放送中にTwitterでたくさん寄せられたんです。日本では2年前に「家庭内の虐待を禁止する」法律ができたのですが、その代わりとなる「怒らないで子どもに伝える方法」を示していません。「暴言や暴力はだめ」とプレッシャーだけを押しつけられた状態の親御さんたちの不安を肌で感じ、必要なのは「禁止」よりも「支援」だと思いました。
世界のなかでも特に「子育てしやすい国」とされるスウェーデン。2020年に内閣府が日本、スウェーデン、ドイツ、フランスの4か国を対象に「自国について、子どもを産み育てやすい国だと思うか」どうかについて調査したところ、「そう思わない」と答えた日本人は60.1%。スウェーデンではわずか約2.1%と、日本の30分の1という結果に。
福祉大国といわれるスウェーデンですが、数十年前はいまの日本と同じように、子どもへの虐待が問題になっていました。そこで政府は、'79年に世界で初めて「子どもへの体罰を禁止する法律」を作ったんです。
さらに、法律を作って終わりにせず、親への支援に取り組みました。1つは、子どもをたたいたり怒鳴ったりせずにすむ「具体的な方法」を親に伝えること。親が子育てで困ったとき、子どもにどう対応すべきかをわかりやすく示すキャンペーンを繰り広げました。2つめは、行政レベルで「子育てを支えるしくみ」を作ったこと。1歳になれば誰でも保育園に入れる制度を整え、小学校から大学までは一部の私立をのぞいて、金銭的な負担をゼロとしました。
「親支援」が大切だという認識は、スウェーデンだけでなく、世界に広がっています。人口減少に悩む日本こそ、取り組まなければならない課題だと思います。
親がひとりでがんばらなくていいシステムを
親への支援は、働き方改革でもあります。長時間労働しながらの子育てを個人が抱えていたら、心に余裕を持って子どもと向き合うことも難しくなってしまいます。もしかしたら自分は虐待してしまっているのではないか……と不安を抱える親御さんもいらっしゃいます。
そんな方たちのために、私自身がいまできることは何かと考えたとき、「親子のコミュニケーションの具体的な方法」をお伝えすることだと思い至り、昨年末、本を出版させていただきました。最初にお伝えしたかったのは「もしも子育てにしんどさを感じていたとしたら、それはあなたのせいではないし、子どものせいでもない」ということです。ひとりの人間を育てるという大仕事を、多くの家庭で母親や父親がひとりで担わなければならない、いまの日本の社会構造に課題があると思うのです。
著書ではスウェーデンの子育てからの学びや、世界36か国以上に広がる親支援プログラムについて、そして私自身のキャスターやコメンテーターとしての経験から生まれた「聴き方と伝え方」の具体的な方法をご提案しています。
「なぜ子どもは言うことを聞いてくれないの?」とか「なぜこんなことをするの?」と感じて困ったとき、お役に立てるところがあるのではないかと思います。私たち親は案外、子どものことを知らない部分もあるんですね。例えば、わが子の「気質(きしつ)」を知ることで、「どうしてこんなことするの!」と声を上げなくても、自然とその答えが見えてくることがあるんです。
子どもにかける言葉に迷うとき、本の中に「へぇ、こんな方法もあるんだ」と感じてもらえるヒントがひとつでもあればと願っています。
(取材・文/植木淳子)