BOØWYでスタートできたことは、かけがえのないこと

──ライブが中止になったり無観客になったり……コロナショックは考え方が変わるきっかけになりましたか?

「僕は、ロックダウンが始まったころのロンドンにいましたから、とにかく身動きがとれず、マーケットに買い物に行くにもゴム手袋をしていくような状態で、この世界はどうなるんだろうっていう、味わったことがないような恐怖感から始まりましたからね。さらに、10年前の渡英から積み重ねてきたことが少しずつ現実化していって、小さなヨーロッパツアーやワールドツアーもそろそろ実現できるところに近づいてきた矢先のコロナだったので、もろもろ全部リセットしなければいけなかったし、やっぱり心が折れましたよ。

 そこから、ロックダウンで何か月も家にこもる中、自分の心のセラピーのような形で曲作りを始めたり、音楽が結果的に自分を支えてくれたところはあります。“不要不急”という言葉でいろいろと考えさせられたけど、やっぱり大切なものってあるじゃないですか。何も身動きできないところから、少しずつその中でやれることを精いっぱいやっていこうってことで、このドキュメンタリーのスタッフもそうだし、われわれ音楽チームも少しずつ前進した2年ですね

──多くのドラマティックな経験をされている40年のアーティスト人生を振り返って、特に忘れられないことは?

「忘れられないことの連続で、この映画にあるエピソードがすべてそうですけど。でもやはり始まりがあるから今があるという意味合いでは、BOØWYですね。BOØWYの4人で運命のように、右も左もわからない東京でバンドを組むところから始めて。お客さんのいないライブハウスから始めて励まし合いながら、ひとつの成功まで4人で行けたっていうのは、やっぱりある意味、僕の音楽家人生のすべてのような気もしますよね。活動期間は6年と短かったし、解散後のほうがキャリアとしては長いわけですけど、バンドとしてスタートできたことは、自分の音楽史のスタートであるという意味で、やはりかけがえのないことです。

 また、2002年に負った頭のケガや東日本大震災など、命に関して改めて考えさせられるような出来事は何度かありました。そこも人間としては大きなことですね。それから娘が生まれたり、家族とのいろいろなストーリーも忘れられないことです」

布袋寅泰 撮影/渡邉智裕

イギリス生活を支えてくれた妻への感謝

──ご家族は布袋さんにとって、どのような存在でしょうか?

特にロンドンに移住してからのここ10年、家族の絆はより強くなっていますし、60歳や40周年を幸せに迎える上で、家族の力は一番大きいと思いますね。僕が50の声を聞く直前に、長年の夢である世界への挑戦を理由に、家族と一緒に英国に移住することを提案して、半ば強引に決めたんですけども。でもそこには、僕の夢だけじゃなくて、娘にも世界を感じる人生を歩んでほしい、いつかは外国で学んで視野を広くもってもらいたいという思いがあったので、移住というのは大変なチョイスだけど、必ず彼女の人生にとってプラスになるという確信もあって。

 それで、家族で10年前にイギリスに移り住んだわけですけど、(妻の今井)美樹さんはこの10年を、多くの時間を夫の挑戦や娘のさまざまな初めての経験をサポートすることに費やしてくれました。一番大変だったのは美樹さんだったと思いますし、感謝しています

──ロンドンで一から生活を作っていくのはご苦労もあったでしょうね?

「そうですね。僕は音楽の現場で挑戦しているから、ある意味、自分の世界の中で戦ってはいるけれど、彼女は生活のことや学校のことや10代の娘のこと……向き合うものが多かったですから。英語教室に通って一生懸命勉強したり、真面目な人ですから頑張ってくれましたね」

布袋寅泰 撮影/渡邉智裕

──映画をご覧になった、奥さまとお嬢さまのご感想は?

残念ながらスクリーンではなくロンドンの自宅で観てくれたのですが、“素晴らしい! 感動した!”と言ってくれました。特にロンドン生活で僕がもがいているところは、家族が一番知っていますからね。雨の中、僕がギターを担いでバスや地下鉄に乗ってオーディションに出かけたり、肩を落として帰ってくる姿を見ていますから。逆に、美樹さんも娘も知らない20代の僕が描かれているところは、今20歳の娘からすると興味深いだろうし。ちょうど僕がデビューしたのが20歳ですから、そこから40年という年月はきっと計り知れないだろうから。

 最近は、ブレずに頑張ってきたこの10年のチャレンジが実を結んでいる部分もあって、もちろんいろいろな方の協力があってのことですけど、今いちばん自分でも充実している時期だと思うんです。そんな中で、去年はパラリンピックや、制限がある中でも全国ツアーをチームで頑張って成功させたり、紅白歌合戦に出演させていただいたり、いろいろなところで自分らしさを表現できたので。娘はテキストで“あなたが世界で一番かっこいい男だ”って、言ってくれました

──それは父親としては最高に嬉しい言葉ですね。

よし! よしよしって(笑)。僕は悔しい状況において、それを楽しみながら、負けるもんかって思いで、前に進んで行くタイプだと思うんですよね。何かひとつ形ができあがると、また違う扉を開けたくなるというか。それはやっぱり、変化をずっと求めてきた人間だから。ただ、60代を迎える今、ここからはまたその自分の完成形に近づいていくというか、自分を磨いていく時期だろうし。やっと手に入れた充実した表現力や今までの経験も含めて、自分が楽しめる時期がやってきたのかなと思います