毎年建物の修繕費が500万円。480円の入浴料で生き残るには!?

──平松さんが三代目として小杉湯を継がれてからは長いのですか?

小杉湯を継いだのは2016年10月からなので、6年目くらいです。20代は営業職、30歳からベンチャーの創業をして、36歳から小杉湯です。36歳という年齢になって、“いよいよだな……”みたいな。覚悟を決めるのにずいぶんと悩んで、なかなか踏み切れなかったんですよ。僕の代で終わらせるならいいけど、家業って駅伝みたいなもの。おじいちゃんから父親までいいタイムで走ってきたのに、ここで辞めるわけにはいかないと思っています

──小杉湯の建物はいつ頃、建てられたものですか?

小杉湯は昭和8年に建てられて以来、建て替えをしていない、登録有形文化財です。同じ場所で、同じ建物で、同じ商いを続けています。変わらないっていうのが大前提。小杉湯では、50年後もこの建物を守りながら小杉湯を続けていくということを一番の目標に掲げています」

歴史ある小杉湯の建物 撮影/矢島泰輔

──これだけの小杉湯ファンがいる中でも、経営は難しいのでしょうか。

銭湯というビジネス自体が難しいんです。前提として成り立ってない。成り立っていないって言うとよくないのかもしれないけれど(笑)、非常に非効率なビジネスモデル。これだけの敷地を持っていても、客単価は480円で、毎年修繕費が500〜600万円ずつかかり続けているんです。率直に言って、今のままだと続けられない

──伝統的な建物なぶん、ランニングコストもかかるのですね。

「一番正解なのは壊してマンションにするか、ビル型の銭湯にすること。でもここの地域は高さが3階までしか建てられないから、そんなに収益性がないんです」

──それでも、新しい建物にしない理由はあるのですか。

今は会社もサービスも、どんどん変わっちゃいますよね。人の寿命より会社の寿命が短い。小杉湯って神社仏閣に似ているんです。神社に集まるように人が集まっている。それは、この建物が変わっていないから。社会的で精神的な価値が高くなっていると思うんです

──では銭湯を経営していく上で、危機感を感じられていますか?

僕が継いでから思うのは、このままじゃ続けられないという圧倒的な危機感と絶望。でも光の部分もあって、これから大切になる“徒歩30分、半径2キロの関係性”が多世代に求められているって思うんです

──小杉湯の経営を続けているうえで、意識していることはありますか?

「入浴料金だけでは難しいんですよ。広告費もかけられない中で、いかにお客さんが集まってくるかが重要。そう考えると、小杉湯と関わりたい人が集まる環境を作ることが大事なんです。週3回6〜8時間働ける子をひとり雇用するなら、その人件費で5、6人採用する。もちろん、小杉湯を好きな人から採用する。アルバイトも小杉湯にかかわる人を増やすための1つのきっかけなんです。隣接する『小杉湯となり』というシェアスペースは、小杉湯ファンのお客さんが集まったことで、会社になりました

小杉湯の横には『小杉湯となり』(写真右の建物)という会員制のシェアスペースがある 撮影/矢島泰輔

──今は、若い世代の人たちを中心として支えられているのですね。

「僕は子どものころからずっと、実家が銭湯だとわかると“大変だね”と言われていたのですが、2015年頃から銭湯ブームが起きて、銭湯の価値観に若い世代が向いてきてくれた。ある意味、時代のほうが銭湯が持っている価値観に合ってきていますね」

──事業を続けていく上で、大事にしていることはありますか?

“きれいで清潔できもちのいい銭湯”っていうのがわが家の家訓としてずっと大切にされてきたもので、身についています。その中で、どうすれば続けられるのかが僕の代のミッションなんです。うちは儲かっている銭湯だってお客さんもスタッフも思っているかもしれないけれど、現実として今みたいに電気代やガス代が高騰すると、昨年度の同じ時期と比べて50万円くらい上がってしまっているんです。10円、100円をどう削減をするかを考えても、エネルギーが一気にあがると利益が吹っ飛ぶ。そういうビジネスなんです」

──このままでは銭湯自体の存続が、どんどん難しくなっていきますね。

でも銭湯だけが厳しいわけではない。これだけの場所があってこれだけの資産、価値があるものって他に代えられません。なにか続けられる道って作れるはずだと思っています

『小杉湯』の三代目で代表の平松佑介さん 撮影/矢島泰輔

  ◇   ◇   ◇  

 銭湯業界のトップランナーといえる小杉湯。地域を超えて親しまれるようになったのには、老舗ならではの歴史ある建物にひかれた人々たちが集まったのが大きいかもしれません。これからも、古き良き部分を残して、銭湯はみなさんの生活の一部として幸せを届けていくでしょう。

 第2弾では、「小杉湯となり」の運営を手掛ける、株式会社銭湯ぐらしの代表取締役の加藤優一さんに、銭湯ぐらしのユニークな成り立ちと銭湯の楽しみ方についてお聞きします。

(取材・文/池守りぜね)

〈PRIFILE〉
平松佑介(ひらまつ・ゆうすけ)
1980年、東京生まれ。昭和8年に創業し、国登録有形文化財に指定された老舗銭湯「小杉湯」の三代目。空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など、銭湯を基点にしたつながり、また、さまざまな企業や団体とコラボレーションした独自の企画を生み出している。2020年3月に複合施設『小杉湯となり』、2021年春には『小杉湯となり-はなれ』がオープン。