萩本欽一さんから教わったこと
──演じる上で特に大切にされていることはありますか?
「演技をするときに、相手の演者と自分がいて、自分の台詞を相手の役者に投げるだけだと、舞台の観客やテレビの前だったりスクリーンの前で観ている人には届かないんじゃないか……という思いがあって。だから僕は、必ず観ている人に向かって台詞を投げているんですね。本当にそれが伝わるかわからないんですけど。
観ている人は、そのストーリーを観ているだけなんだけど、さっき言った背中に肘を押しつけてきた人の憎悪みたいなものが台詞に乗るんだったら乗せて、それを相手役の向こうにいる観客や視聴者の皆さんに投げているというか。だから、観ている人の背中が痛くなるのが理想なんですよね(笑)。なんでコイツにこんなこと言われなきゃいけないんだろうって、観ている人に思ってもらえるのが理想。でもこれは、一番最初にテレビのレギュラー番組をいただいたときに、萩本欽一さんから教わったことなんです」
──20代の頃ですか?
「21歳ですね。萩本さんがメインの『欽きらリン530!!』という公開収録の番組で、常に言われていたのが、“おまえたちね、客席にいる人たちにだけやっちゃダメだよ。そうすると、そこだけでウケるものにしかならないから。おまえたちが一番やんなきゃいけないのは、カメラの向こうまで届けることなんだよ”と。今スタジオには200人の観客がいるけど、その向こうには万単位の人たちが観ているわけだから、目の前にいる人たちに向かってやっているものをテレビで見せられても伝わらないと教わったんですね。たぶんそれが自分の根本にあると思います」
心の闇もはたから見れば笑いになる
──舞台『室温~夜の音楽~』は、21年前に誕生したケラさんの傑作ホラー・コメディ。今回は河原雅彦さんによる新演出版ということでも注目されています。堀部さんが思われる今作の魅力を教えてください。
「先ほどもお話ししたような、ほんとに人間の闇の部分ですよね。それをちょっと俯瞰(ふかん)した目で見れば、誰にだってある気持ちの闇の部分。人を殺してしまう人も出てくれば、お金を横領している人も出てくるしっていう、いろいろなことがある中で、確かにそれは現実より少し極端ではあると思いますけど。でも、そういう人たちが持っている闇も、どこか自分たちと共通しているところはあるよね、って思えるところだと思います」
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『室温~夜の音楽~』のあらすじは──。田舎でふたり暮らしをしているホラー作家・海老沢十三(堀部圭亮)と娘・キオリ(平野綾)。12年前、拉致・監禁の末、集団暴行を受け殺害された、キオリの双子の妹・サオリの命日の日に、さまざまな人々が海老沢家に集まってくる。巡回中の近所の警察官・下平(坪倉由幸)、海老沢の熱心なファンだという女・赤井(長井短)。さらにタクシー運転手・木村(浜野謙太)が腹痛を訴えて転がりこみ、そこへ加害者の少年のひとり、間宮(古川雄輝)が焼香をしたいと訪ねてくる。偶然か……必然か……、バラバラに集まってきた、それぞれの奇妙な関係は物語が進むにつれ、死者と生者、虚構と現実、善と悪との境が曖昧になっていき、やがて過去の真相が浮かびあがってくる……。人間が潜在的に秘めたる善と悪、正気と狂気の相反する感情を、恐怖と笑いに織り込んだ極上のホラー・コメディだ。浜野謙太が在日ファンクのメンバーとして音楽と演奏でも参加するのも注目。
──人間のさまざまな闇の感情が見られそうですね?
「でも闇って、実は笑いですよね。コメディというか。何度も恐縮ですけど、僕が体験した満員電車で背中に肘を押しつけられたことも、はたから見たら押してるおまえもおまえだし、なんか我慢しているおまえもおまえだし、このふたりバカだな(笑)、って話になると思うし。お葬式の席とかが妙に面白いのと一緒で。本来笑うべきでないことが、やっぱり笑いとしては一番面白いところで。ケラさんは本当にその闇の部分を抜き取るセンスが絶妙ですから。僕の大好きな終わり方をしている作品なので(笑)、ちょっと重たいものを持ち帰ってもらえるといいかなと思いますね。ぜひ劇場に“不快に”なりにきてください」