人生の折り返し地点を過ぎると、親しい人との別れが身近になってきます。親や配偶者、友人たち……。大切な人を見送ったあとをどう過ごすかは、人生100年時代の大きな課題でもあります。
サカキシンイチロウさんは、これまで1000社以上の飲食店を育成してきた、知る人ぞ知る外食産業コンサルタント。ほぼ365日、朝・昼・晩問わず、あらゆるレストランへ出かける、いわば“食べることのプロ”。ブログやFacebookでは、おいしい店の見つけ方、付き合い方を発信していますが、そこには、2年前に亡くなったパートナーとの思い出もたびたび登場し、「おいしい記憶を分かち合える人がいる幸せ」を読み手に気づかせてくれます。
「つらいときほど、食べることを大切にしなくちゃいけない」というサカキさんに、ご自身の体験を全5回にわたって綴っていただきました。
朝起きたら隣で冷たくなっていたタナカくん
2020年の4月23日。
ボクは最愛の人を亡くしました。
漫画を描くことを生業としていた、5歳年下で長崎出身のタナカくんというおでぶちゃん。太っているがゆえに持病をいくつもかかえていて病院通いをしていたのだけど、コロナのせいで病院に足が遠のきがちになったことで、体に負担がかかってしまっていたのでしょう。
脳出血の突然死。
朝、目を覚ましたらボクの隣で冷たくなってた。びっくりして119番に電話をし、救急車が来るまで必死に心臓マッサージをしたり、人工呼吸をしたりしたけど、結局、心臓が動くことはなく青いシートに包まれて遺体は運び出されてしまった。
警察が来ます。
病院以外での死は検視が伴う事件です。
刑事さんの事情聴取を受けたり、ご遺族に連絡をしたりと、しなくてはならないことがたくさんあって、それはそれは忙しかった。
刑事さんたちが帰ってからも、ベッドを整えたり散らかった部屋を整理したりと忙しくした。
なにかをしていれば、彼がいなくなってしまったさみしさを、まぎらすことができるのじゃないかと、汚れ物がそれほどあるわけでないのに洗濯機をまわしたりと、とにかく忙しさをよそおったのです。
気づけば外は暗くなりはじめてた。
晩ごはんの準備をしなくちゃ……、って思った途端におなかがなった。
「おなかすいたね、なに食べようか?」
そう聞いても誰も答えてくれないことに、そのときはじめてボクはひとりぼっちになっちゃったんだと涙があふれてきました。
コンロで炊いた冷凍うどんをお揃いの器で
なにを食べるかよりも、だれと食べるかのほうが大切なんだとずっと思って生きていた。
料理を作るにおいても同じこと。
だれのために作るかで料理は変わっていくものです。
一緒に作ることをたのしんで、一緒に食べることをよろこんでくれる人がいる生活は、ゆたかでしあわせ。
25年にわたって共につくり、共に食べることをたのしんでくれたパートナーをなくしてしまったさみしさに、料理を作る元気はわかない。
外食しようにも昨日まで彼と一緒に歩いた街は怖くて外にもでられない。
冷凍庫の中に冷凍の鍋焼きうどんがありました。
火にかければそれでよし。
喉越しのよいうどんならば食べられるだろうと、コンロの上においてクツクツ炊けていくのをぼんやりながめる。
ゆっくり仕上がっていく鍋焼きうどん。
おいしい匂いもしてくるのに不思議なことに、どうにもおいしそうに見えないのです。空腹なのに食欲がないというボクにとっては緊急事態。
どうすればいいんだろう……、と途方にくれてキッチンのカウンターを見るとタナカくんが大好きだった漆器の鉢が置かれてた。
そう言えば昨日の夜もうどんだった。風邪気味だったボクのためにタナカくんがうどんを炊いてくれたんだった。
黒と赤の揃いの器。
黒は彼用。
赤がボク用。
彼がいつも使ってた黒い器にうどんを入れて食べてみよう。そう思ったらじんわり食欲が湧いてきた。
卵焼きをうどんにのせて食べるのが好きだったよなぁ……、と思い出して卵を焼いて、うどんと一緒に軽く炊く。タナカくんの器に盛り付け出来上がり。