人生の折り返し地点を過ぎると、親しい人との別れが身近になってきます。親や配偶者、友人たち……。大切な人を見送ったあとをどう過ごすかは、人生100年時代の大きな課題でもあります。
サカキシンイチロウさんは、これまで1000社以上の飲食店を育成してきた、知る人ぞ知る外食産業コンサルタント。ほぼ365日、朝・昼・晩問わず、あらゆるレストランへ出かける、いわば“食べることのプロ”。ブログやFacebookでは、おいしい店の見つけ方、付き合い方を発信していますが、そこには、2年前に亡くなったパートナーとの思い出も度々登場し、「おいしい記憶を分かち合える人がいる幸せ」を読み手に気づかせてくれます。
「つらいときほど、食べることを大切にしなくちゃいけない」というサカキさんに、ご自身の体験を綴っていただく短期集中エッセイ第2回です。
◎第1回:【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#1】最愛の人を亡くした夜、ひとりで食べた冷凍うどん
早起きが苦手なタナカくんのために
毎週土曜日の朝はサンドイッチを作ってはじめる。
タナカくんと知り合ってずっと続けた習慣でした。
漫画家という仕事柄、創作するときにはひとりになることを好んでた彼。だから、平日は別々に生活し、週末はボクの部屋で一緒に過ごすというリズムを、つきあいはじめて15年ほど保ってた。
金曜日の夜は話したいことがたくさんあって、自然と夜ふかしの夜になった。もともと夜型の生活をするタナカくんは、早起きが苦手なうえに、1週間の疲れがドッと出るのでしょう。土曜は昼まで寝ていることがほとんどだった。
せっかくの土曜日を無駄遣いするのはあまりにもったいない。頭や体を起こすのがむずかしいなら、胃袋を起こしてやろうと、それでサンドイッチを作るようになったのです。
サンドイッチなら手づかみできる。起きてこなければベッドまで運んで鼻先に押し付けて、おいしい匂いを嗅がせれば、目をさますに違いないだろう……、と思ってはじめた。
作りはじめてサンドイッチという料理の奥の深さにびっくりしました。パンや具材、調味料の組み合わせや状態で、まるで違ったサンドイッチができあがる。せっかくならば彼が飛び起きるようなサンドイッチを作りたくて試行錯誤を続けました。
パンの厚さ。パンは焼くのか、そのままか。バターをぬったりマヨネーズにケチャップ、醤油を使ってみたこともある。
卵サラダに卵焼き。ハムであったりツナ、ベーコン。レタスにきゅうりにトマトに玉ねぎ。どれも台所に普通に揃っているものばかり。でもその組み合わせは無限にあって、しかもそれぞれどこで買うかでまるで結果は違ってくるのが大変だけど、たのしい実験。
試行錯誤の末に“究極の”サンドイッチが完成
1年ほどしてサンドイッチのほぼ正解を手に入れた。
エディアールの角食を1センチ厚に切ったのを、2枚重ねでトーストする。重ねて焼くとむき出しの側はこんがり焼けて、挟んだ内側の面は焼かずに仕上がる。サクサクとふっくらが同時にたのしめるおいしい工夫。
焼けたらしばらく休ませて、蒸気をしっかり吐き出させる。焼きたてのパンだと挟んだ具材が濡れてしまうから、おいしくなくなってしまうのです。
ほどよく冷めたトーストに、マスタードマヨネーズを薄く塗り、ジャンボンブランと薄く削ったエメンタールチーズ、手のひらを押し付けぺちゃんこにしたレタスの葉っぱ。薄焼き玉子を重ねて最後にケチャップ少々。パカンと挟んで耳をざっくり切り落とす。
タナカくんの大好物の出来上がり。
材料を買い集めるため、ボクらのオキニイリの百貨店・伊勢丹の地下に行かなきゃいけない。下ごしらえにも時間がかかる。でもその面倒がボクにはうれしくてしょうがなかった。
だってサンドイッチができたよ……、って声をかけると、「ほーい」ってのっそり起きてきてくれるようになったんだもの。
同じサンドイッチばかりじゃつまらないと、たまに変わったサンドイッチを作ったりした。ゆで卵をマヨネーズ和えにしてみたり、目玉焼きをはさんでみたりと、アレンジだったらいくらだってできたから、いろんなものを試して作った。
いつも「おいしいネ」ってよろこんで食べてくれたけど、「やっぱりいつものサンドイッチがボクは好き」って言うのです。
いつものがいいなぁ……、と言ってもらえる料理を手に入れることができるシアワセは、なにものにも代えがたいシアワセ。