ひとりになった今でも、一緒のつもりで食べている

 漆器の器は手にやわらかい。両手で包んで持ち上げておいしい香りの湯気を胸いっぱいに吸い込んで唇あてて汁をごくりとひと口飲んだ。

 手にやわらかい漆器は唇にもやわらかで流れ込んでくる汁もおいしくしてくれる。

 うどんをつるり。

 おなかに向かって一直線に熱いうどんが流れ落ち「おいしいね」って言っても答える人がいてくれないことに涙も一緒に流れて落ちた。

 でも、おいしかったなぁ……。

「冷凍の鍋焼きうどんもこうして食べればゴチソウだね」ってタナカくんがよろこんでくれたみたいで、気持ちがほっとやさしくなった。

 そう言えばボクが会社の経営に失敗したとき、これからどうやって生きていこうかと考えても考えても不安がつのるばかりで、ふさぎこんでいたときのこと。

 タナカくんが晩ごはんを作ってくれた。

 大変だと思うけど、まず食べようよ。

 おなかがすくと悪いことばかり考えちゃうでしょう。

 そう言ってニッコリしながら口を大きくあけてもりもりご飯を食べる。

 ほれぼれするほどの食べっぷりにつられてボクももりもり食べた。

 贅沢なんかしなくてもいい。

 こうしてふたりでずっとご飯を一緒に食べることができればボクはシアワセだよ……、って言ってくれたから、そのときボクは救われて、今のボクがここにいる。

 かなしいときこそ食べなさい!

 ひとりになった今でもいつも一緒に食べてるつもりで食べる。

 一緒に生活しているんだと思いながら、生きている。

*次回「【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#2】ボクらがたどり着いた“世界一のサンドイッチ”」は明日(8月9日12時)公開予定です。

《PROFILE》
さかき・しんいちろう 1960年、愛媛県松山市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、店と客をつなぐコンサルタントとして1000社にものぼる地域一番飲食店を育成。現在は、飲食店経営のみならず、「食」全般にわたるプロデュースやアドバイスも手がけている。「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載をまとめた『おいしい店とのつきあい方。』(角川文庫)など、著書多数。ブログFBnote等を毎日更新。食べることの楽しみを発信している。