YOASOBIチームと描く新しい才能の発掘

 こうして2020年7月に水鈴社が誕生しました。設立から3年目に入る今年7月までに刊行したのは5冊。瀬尾まいこさんの『夜明けのすべて』を皮切りに、注目作を刊行し続けています。中でも今年2月に刊行した『はじめての』は、島本理生さん、辻村深月さん、宮部みゆきさん、森絵都さんという4人の直木賞作家が、“小説を音楽にする”ユニットYOASOBIとコラボレーションし、小説、音楽、映像など、さまざまなジャンルで作品を展開しながら物語世界を創りあげていく壮大なプロジェクトとあって、注目を集めました。

「『はじめて○○したときに読む物語』がテーマのアンソロジー小説です。現代日本を代表するような人気作家が描く物語が、YOASOBIによって楽曲化されています。これまでに島本理生さんの短編『私だけの所有者』を原作とした楽曲『ミスター』と、森絵都さんの『ヒカリノタネ』を原作とした『好きだ』の2曲がリリースされました。

“いい本なのに売れない”といった話はよく聞きますが、“いい本を作ってさえいればいい”というのは甘えだと思うんです。実際のところ小説はなかなか売れないし、苦しいです。でも、僕は小説が好きだし、これからも作り続けたい。だったら、“ちゃんとそれが読者に届く仕組みを作らなくてはいけない”と考えていて。YOASOBIチームの皆さんとは、志を同じにしていると思っています

『はじめての』プロジェクトがきっかけで、“『はじめての』プログラム”という新たなプロジェクトが立ち上がりました。水鈴社と、YOASOBIが所属するソニー・ミュージックエンタテインメントが出版と音楽という業界を横断し、新人作家を発掘し、育成することになったのです。

「水鈴社を設立してから2年は、会社に体力も知名度もなかったので、売れる本、話題になる本を意識して作ってきました。でも、3年目以降は新人の輩出にも力を入れて、出版業界を盛り上げていきたいと思っています。このプログラムで募集するのは小説のあらすじと冒頭部分のみ。有望な新人と切磋琢磨しながら、編集者として執筆をサポートします。完成した小説は水鈴社から単行本として刊行し、YOASOBIによる楽曲化を含むメディアミックスを模索していきます

 世の中には、小説や音楽だけでなく、さまざまなコンテンツがあふれています。TikTokやTwitterなどのSNSに触れる時間も長く、1日24時間という、人々に平等に与えられた時間の奪い合いが常に行われているような状況です。それでも、篠原さんは自分が好きだと思った人と組み、好きな本を作り、届ける仕組みを考えながら走り続けています。

「僕だって本ばかり読んでいるわけじゃなくて、漫画も映画も好きだし、LINEやTwitterもしているし、他のコンテンツを目の敵にしているわけではありません。『はじめての』はよく売れてくれていますが、SNSの閲覧数や漫画の発行部数には到底かないません。それでも小説にしかない面白さがあると思っていて、小説がたくさん読まれる世界のほうが豊かだと思ってもいます。目の前のことを全力でやりながら、新たな才能とのご縁も求めていきたいです

これからどんな場所に私たちを連れていってくれるのだろう。篠原さんの見ている視線の先は、どこまでも続いていて限りなく広い 撮影/廣瀬靖士