このスタジオは、コロッケ定食しか出さない

──番組をひとつ作るのって、結構な労力がかかりますよね。

「なかなか大変ですよ。構成作家、進行ディレクター、カメラマン、サウンドミキサー、スイッチャー、配信テクニカルディレクターと携わる人も大勢いて、スタジオを抑えて、セッティングして......とやってると、丸1日かかっちゃうしコストも莫大になる。

 このスタジオは、レンズは85ミリと35ミリしか使わないし、画角もバストショットだけです。画面は切り替えられるけど画角も一定。出演者は4人までスタッフ含めても8人以内に定員を制限しています。でも、それくらいの人数が入るスタジオの中では最高に品質がよくて、価格もちょうどいい。だから使ってくれた人のリピート率も高いんです」

初めて利用する人が迷わないよう、座席の位置やレギュレーションにもこだわっているという 撮影/山田智絵

──スタジオをカスタマイズして演者をたくさん用意して、企画から何からすべてしてほしい……という層はそもそもターゲットではない。

「そうです。必要十分な設備があるので、最小限の労力で自分たちの映像作品を作ることができる。高円寺三角地帯と同様、“刺さるターゲット層にしか提供しない”というコンセプトです。うちは食堂だけどコロッケ定食しかありません! みたいな(笑)

カフェもスタジオも博物館も、すべては「遊び心」

──2日にわたってありがとうございます。ずっと気になってたんですけど、原稿執筆カフェ、絶滅メディア博物館、ヒマナイヌスタジオ。どれもコンセプトの違う空間を運営するなかでの川井さんのモチベーションはどこにあるんですか?

モチベーションか……。あんまり意識したことないですね。自分、いたずらが大好きなんですよ(笑)

──いたずらですか?(笑)。

「お店を持ったり事業をするときって、普通だったらひとつの商品、ひとつのコンセプトを極めて、より多くの顧客を獲得していくというのが通常のあり方だと思います。

 でも自分は美味しい料理の作り方も知らないし、こだわりのコーヒーを淹れるわけではないし、スタジオ運営はまあまあ知ってるけど、メディアのすべてを完全に知っている専門家でもない。そうではなくて、自分が興味ある事の一つひとつをイベントにしていきたいと思っているんです。そもそもコミュニケーションが得意なタイプではないんですよね」

川井拓也さん 撮影/山田智絵

──意外な一面です。

「CM制作会社にいたときの影響もあるかもしれないんですけど、何かを仕掛けて誰かが反応するという一連の流れを見るのがすごく好きなんです。だから人同士のふれあいの場を提供したい反面、それを観察しておきたいという欲の方が強くて。その場がもっとよくなる、もっと使いやすくなるというのを考えて、実践できる場をライフワークとして持っておきたい。

 そのための場所が、『原稿執筆カフェ』であり、『絶滅メディア博物館』であり、『ヒマナイヌスタジオ』である、というだけなんですよね。

──モチベーションの源泉はすごくシンプルであると。

「そうですね。試して、チューニングして、また失敗して、たまに成功して……その“最適化”の流れがたまらなく好きなんです。牛丼屋に行っても、居酒屋に行っても、デパートに行っても四六時中観察してるし、何か自分のやっていることに活かせないか?ずっと考えています」

◇  ◇  ◇

 2日間にわたり、『原稿執筆カフェ』『ヒマナイヌスタジオ』『絶滅メディア博物館』とさまざまな空間を紹介してくれた川井さん。取材が終わると、われわれ取材班を連れて神田の飲み屋街に連れて行ってくれた。

 居酒屋の席でも、『高円寺三角地帯』の構想、ヒマナイヌスタジオの今後、今考えている面白い企画を楽しそうに話してくれた川井さん。インタビューの最後に、「やりたいことだらけで寝る時間が惜しい(笑)」と語ったその目は少年のように輝いていたのを覚えている。

 今頃どこかできっと、新しいいたずらを思いついてニヤニヤしているのだろう。

(取材・文/FM中西)