2015年から集英社の青年漫画雑誌『グランドジャンプ』で連載中の漫画『ラジエーションハウス』(原作:横幕智裕、作画:モリタイシ)。X線撮影などで病変を写す診療放射線技師と、画像診断をする放射線科医の活躍を描いており、俳優・窪田正孝さん主演でフジテレビ系「月9」枠でドラマ化、その後に映画化もされた人気作になりました。

 この大ヒット漫画はどうやって生まれたのか。同作の原作を務めた横幕さんは、面白いストーリーを作るために何を心がけているのか、お話を伺いました。

【第1弾インタビュー:全盲ろうの息子と母との物語『桜色の風が咲く』脚本家・横幕智裕さん。34歳で会社を辞め上京し、夢を叶えるまで

はじめは“医療もの”に興味がなかった!?

──『ラジエーションハウス』は、雑誌編集の方から「次は、医療ものはどうか」と提案されたのがきっかけだったようですね。

「初めは、医療のことはわからないし、やり尽くされた分野という印象だったので、“難しい……”と思っていたんです。でも、編集の人に“僕の知り合いで放射線技師がいるので、話を聞きに行きませんか?”と誘っていただき、行ってみたのがきっかけです」

脚本家・横幕智裕さん 撮影/山田智絵

──お話を聞いてみていかがでしたか?

「正直最初は、“放射線技師=レントゲンを撮る”というイメージしか湧かず、うまく物語にできるかな? なんて思っていたのですが、話を聞いてみたら、全然違いました。

 放射線技師の仕事は、頭のてっぺんからつま先まですべての画像を撮り、その画像を見た放射線科医が病気を見つけ、主治医に正しくつなげることだと知り、面白そうだと感じたんです。外から隠れた病気を見つけるわけですから。それまでは病気って、主治医だけが判断しているものだと思っていたんですよね」

──医療系の作品をやってみて、他のジャンルとは違う面白さや難しさはありましたか。

「自分が普段お世話になっている人間ドックや、医療の仕組みがわかるところは面白いです。ただ、専門的な分野なので用語が多く、わかりやすくしてストーリーにうまくのせるところは難しいです

──多くの読者に読んでもらうよう、勉強しながら面白くしていくのは難しそうです。

「そうですね。難しい話にすると一般の人はわからないし、簡単なものにするとリアルさがなくなる。“これはちょっとおかしいでしょ?”と思われかねないので、塩梅(あんばい)が難しいんです。それに医療は常に進化していきます。打ち合わせのたびに、監修してくれている診療放射能技師の先生に教わりながらやっています」

──『ラジエーションハウス』では、原作者、漫画家、編集者、監修者と多くの人がかかわる作品かと思います。どのような流れで作っていくのでしょうか。

「①まず取材を元に僕がプロットを書いて、担当編集や監修の先生、漫画家のモリタイシさんにアドバイスをいただきます。②その後シナリオ(漫画の原作)を書いて、再度、編集と監修の先生、モリさんにチェックしてもらいます。③修正したシナリオをモリさんがネームにして、作画へ進むという流れです。

 他の漫画と比べてかかわる人が多いので、その分、時間がかかります。ただ、きちっとやらないと、間違ったことは描けないですしね。2か月で3回のペースで掲載しているので、結構、大変です(笑)」

主人公・五十嵐唯織の誕生秘話

Ⓒ横幕智裕・モリタイシ/集英社『ラジエーションハウス』 集英社 グランドジャンプにて連載中

──『ラジエーションハウス』は、ユニークで特徴的なキャラクターが多いのですが、主人公・五十嵐唯織(いがらし・いおり)のキャラクターは、どうやって作っていきました?

「唯織は、すごい才能を持っているけど、人として欠陥がある人。でも芯(しん)がある性格だから、幼なじみ・甘春杏との子どものころの約束をずっと守っている。でも、杏はそれに気づいていないというところから物語は始まります。

 主人公の唯織は医師免許を持っているという設定なのですが、これは後に、主人公が医療行為をするシーンが必要となると考えたからです。でも、それでは診療放射線技師の領域を超えてしまうので、犯罪になってしまうと監修の先生方に言われたんです。それで、みんなでどうしたらいいのかを考えて、“医師免許を持っているけど、技師として働く人”というキャラクターにしました。

 また、違和感なくそういう設定であることを伝えるにはどうしたらいいのか、というのを考えて、“ひとつの約束を頑(かたく)なに守っている人”というキャラクターにしました

──この作品がここまで読者に支持されているポイントは何だと考えていますか?

「ちゃんと取材をして、現場の放射線技師の人に面白いと思ってもらえるよう、ディテールの部分を拾うことは心がけています。

 例えば、放射線技師の人たちに取材するときは、医療のことだけでなく、普段話している雑談の内容も聞きますし、病院の本棚の写真を撮って、“実際に本棚にある本”をマンガに描いています」

──医療関係者から見ても、「あるある」があるのでしょうね。逆に、一般の人にも面白いと思われているポイントは何だと思いますか?

難しい内容をわかりやすく、なんとかストーリーに入れているからでしょうかね。実際は高度な医療だとしても、素人の僕がわかるように書いて、漫画家のモリさんがさらに噛(か)み砕いて絵で表現してくださっているので、読みやすくなっているのだと思います」

──さまざまな職種がかかわる作品づくりにおいて、気をつけているところは何かありますか?

「例えば監修の先生がチェックする際、実際にはあまり起こらないことでも、漫画だから問題ないという判断をすることもあり、ある程度の表現は許してくれているんです。でも、ドラマだから、漫画だから、フィクションだから、とやってしまうと、どんどんリアルさとの齟齬(そご)が広がっていってしまう。その乖離をなるべくなくしたいと思っています

──編集者、漫画家に対してはどうですか?

「編集の人は、僕の書いたものに意見を言ってくれるので、“そのとおりだなぁ”と思って直しています。漫画家のモリさんに関しては、ネームの段階で“面白いなぁ”と思いながら読んでいます(笑)。キャラクターの動かし方がとてもうまいので、僕の脚本でそうなっていなくても、モリさんが一歩進んだ動きにしてくれるんです。“なるほど、こうしたか”とか“唯織だったら、こう言うよね”とか」

──第1話のシナリオ(原作)を拝見しました。確かに、漫画と見比べると、絵が加わることで新たなアレンジが加わっていますね。

「シナリオはあくまでも設計図なので、そこからさらによくなればいいと思って書いています。 漫画家さんは、この世に存在しないキャラクターを動かし、そのキャラをどんな角度からでも描ける。本当に天才だと尊敬しています。ストーリーに合う漫画家さんと組み合わせるのは、編集者の才能がものを言う、大きな仕事でしょうね」

『ラジエーションハウス』冒頭のシナリオ。これが漫画になると......?
第1巻1ページ目
Ⓒ横幕智裕・モリタイシ/集英社『ラジエーションハウス』 集英社 グランドジャンプにて連載中
第1巻2~3ページ目
Ⓒ横幕智裕・モリタイシ/集英社『ラジエーションハウス』 集英社 グランドジャンプにて連載中

──そんな風にかかわっている人たちが、それぞれお互いのことをリスペクトし、力を出し合っているから、すてきな作品ができるのでしょうね。

“取材力”がシナリオの武器

──脚本家さんによって、それぞれ自分の強みがあると思うのですが、横幕さん自身の武器はどんな部分だと思いますか?

「構成作家の仕事も含め、今までの経験がすべて活きている気がします。その中でも取材はいちばん気を遣っていて、他のドラマでもたくさん取材をするようにしています。取材自体が好きなんですよね」

──今後書いてみたい作品はありますか?

「将来的には、僕が北海道出身なので、北海道の歴史を一部切り取ったもので、何かやりたいです。あと、日本のドラマや映画ではできないような、“海外を舞台に、外国人を主人公の物語”というのも、興味あります」

──なかなか面白そうな企画ですね。横幕さんが作品を通してやりたいことは何でしょうか。

世の中知らないことばかりなので、知らない人に“こういうものがあるよ”、“こういう見方があるよ”というのをお伝えすることで、人生が少し豊かになったと感じてもらえればうれしいです

 例えば、脚本を手がけたドラマ『名建築で昼食を』(2020年放送、テレビ大阪系)は、“お昼ご飯を歴史ある建物で食べると、気分は変わるよ”という話なんですが、視聴者の方々に、作品を通して、“ちょっと気持ちが変わる”とか、“見方が変わる”とか感じていただけたようで、よかったです」

──横幕さんが手がけた作品に触れることで、読者(視聴者)の世界が広がっていくのでしょうね。

◇   ◇   ◇ 

 今回お話を伺って、『ラジエーションハウス』のように、原作者、漫画家、編集者、監修者など、多くの人がかかわり合いながら、ここまでうまくやっていけているのは、すごいことだと感じました。なぜなら、複数の人たちと作品を完成させることは相当な労力がかかる大変なことだから。誰もがいい作品を作りたいと思っているゆえに、意見がぶつかり合うこともあります。

 また取材時に印象的だったのは、横幕さんの礼儀正しくて人当たりがやわらかなお人柄。才能はもちろんのこと、他の方々ともうまく折り合いをつけられるし、取材先でも相手が心を許し、いろいろな情報を教えてくれるのではないかと感じました。

 面白いストーリーを生み出せる才能はもちろんのこと、そういう“人柄のよさ”も脚本家として成功した秘訣なのかもしれません。

(取材・文/加藤弓子)

■映画『桜色の風が咲く』のStory

教師の夫と3人の息子とともに関西の町で暮らす母・令子。末っ子の智は幼少の頃に視力を失いながらも、家族の愛に包まれ、持ち前の明るさで天真爛漫に育つ。やがて令子の心配をよそに智は東京の盲学校に進学。親友もでき、淡い恋もして、高校生活を謳歌。たまに彼から届く手紙といえば、令子が苦心した点字翻訳に難癖をつけてくる生意気ぶり。
だが智は18歳のときに聴力も失ってしまう……。暗闇と無音の宇宙空間に放り出されたような孤独にある息子に立ち上がるきっかけを与えたのは、令子が彼との日常から見出した、ある新たなコミュニケーションの“手段”だった。勇気をもってひとつひとつ困難を乗り越えていく母と息子の行く手には、希望に満ちた未来が広がっていく……。

★『桜色の風が咲く』は、2022年11月4日(金) からシネスイッチ銀座他、全国順次公開されます→https://gaga.ne.jp/sakurairo/

【PROFILE】

◎横幕智裕(よこまく・ともひろ) 脚本家・構成作家・マンガ原作者。1970年10月1日生まれ。北海道出身。シナリオ作家協会シナリオ講座研修科43期修了。
2012年、『明日をあきらめない…がれきの中の新聞社~河北新報のいちばん長い日~』(テレビ東京)で、東京ドラマアワード2012単発ドラマ部門グランプリ・第8回日本民間放送連盟日本放送文化大賞グランプリを受賞。ドラマ「名建築で昼食を」(テレビ大阪系)は、2021年に日本民間放送連盟賞テレビ/ドラマ番組部門優秀賞した。
漫画原作を担った『Smoking Gun 民間科捜研調査員 流田縁』(2012年~2014年、集英社グランドジャンプ)は、フジテレビ系でドラマ化にもなった。現在、『グランドジャンプ』(集英社刊)にて『ラジエーションハウス』(原作:横幕智裕、作画:モリタイシ)を連載中。