精力的に舞台に出演しながら夫の介護も。周囲にようやく頼れるように

──海外にも勉強に行って、ジャズシンガーというよりオペラ歌手を目指すことにしたのですか。

「そうなんです。だから挫折だらけですよ、私の人生。初めてオペラを観に行ったイタリアで、“すごいなぁ、どこから声が出るんだろうな”と自信を打ち砕かれたのが19歳です。同級生のイタリア人の友達に、“初めてオペラを観に行ったの、いつ?”と聞いたら、“3つのとき、ヴェローナで『アイーダ』を”と言われて驚愕! 歴史と伝統にはかなわないなと思って、ガクッときたんです。“公美はいくつのとき?”と返されて、“昨日”っていうぐらいでしたから。

 “こんなに努力してるのに、まだまだだ。もうダメかもしれない”と気持ちがすさんで、“私はミラノ・スカラ座の舞台には立てない”と父に電話したら、“ハハハ、日本人がちょっと歌がうまいからってスカラ座の舞台に立てるわけないだろう、帰ってきたときにスパゲッティ作ってくれれば、お父さん、それで十分だ”って、まったく期待していない(笑)。でも、“期待はしてるよ、でも人って、向き不向きがあって、一生懸命やってもこれ以上できないことはある。そうしたら、ネクストステージだよ”と。

 そこで“そうか、次の新しい展開か。じゃあ、どうしよう”と思って、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』を観たら、もう圧倒されましたミュージカルのすばらしさに目覚めて、“自分も出たい”と思ったんです

──たくさんのミュージカルの中でも、先ほどもお話に出た、24年間も出演している『レ・ミゼラブル』のマダム・テナルディエは当たり役ですね。

“意地悪なババァ声”を作って芝居してみたら、演出のジョン・ケアードさんに“君を10年待っていた”と称賛されて。それ以来、世界中のマダム・テナルディエ役がラウンドシェイプになったんですよ。いろいろな意味で変えちゃった(笑)。

 でも、“役者さんってすごいな、私、まだまだだ”って、何年やっても思っていました。“いい思い出になれば、1回でも出られたらラッキー”というつもりだったのですが、“なかなか結果を残せない”と嘆きながらも、24年間も出ることになって、感無量ですね

──途切れずに舞台出演をしていますが、ご主人の介護と両立していて、そのバイタリティには敬服します。

「主人の介護もあるから、プライベートでも挫折だらけですよ。コロナ禍では、私が外で人に会う機会もあって心配なので施設に入居してもらっているのですが、自宅にいるときは介護士さんについていただいています。

 結婚して5年で夫が事故に遭って、障がい者になってしまったときは、“もう世界は終わりだ”って目の前が真っ暗でした。一生この人の面倒を見るのかと思ったら、絶望的な気持ちになりましたね。母は“離婚しなさい”と泣くし。でも、“私なら乗り越えられるのではないか”と根拠のない自信がわいてきたんです。リハビリセンターに通って、とろみ食の作り方も学んで。私、今すぐ介護士になれますよ。料理がうまくなったのも、主人の食事を作っていたからなんです。今は喉(のど)の筋肉を鍛えなければならないので、障がい者のみなさんのコミュニティに入って、常に勉強しながら介護を続けています」

──やっぱり、そこに愛があったんですね。

「そこに愛があったのか、マストだったのか、わからないんですけど。普通の車イスで出かけられるまでになったので、ニューヨークに行こうと計画していました。コロナ禍で延期になってしまいましたが、夫にまだまだ頑張ってもらって、実現できればいいなと思っています。それには、みなさんの助けが必要です。家族を家族だけで介護しようとしてはいけないんですね。“助けてください”という言葉をようやく言えるようになりました。以前は、すべて自分でやろうと頑張りすぎていた。それは、自分も相手も苦しめるだけなんですよね。暗闇で手探りしていたような状況でした。でも、“すみません、よろしくお願いします”と人の手を借りるのに遠慮はいらない、この世の中、誰もが助けてくれるんですよ。

 やはり、人はひとりでは生きていけない。この作品『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』もそれを教えてくれます。数あるミュージカルの中でも、これだけハートウォーミングなストーリーはなかなかないです。私たちの教会(劇場)にお越しいただければ、コロナによって切断された心をつなげられる自信があります。ぜひ、お待ちしております!

今回のデロリスを森さんがどんなふうに演じてくれるのか、楽しみでなりません!

(取材・文/Miki D'Angelo Yamashita)


【PROFILE】
森公美子(もり・くみこ) ◎宮城県出身。昭和音楽短期大学卒業後、1982年『修道女アンジェリカ』でオペラデビュー。翌年『ナイン』でミュージカルデビュー。'97年のオリジナル版『レ・ミゼラブル』からマダム・テナルディエ役を演じている。'15年、第40回菊田一夫演劇賞を受賞。地球ゴージャスプロデュース公演『Xday』『海盗セブン』、『ゴースト』など舞台のほか、テレビ出演、歌手活動など多方面で活躍。'22年11月からの舞台『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』では4度目の主演を務める。

「天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~」

2022年11月13日(日)~12月4日(日)@東京都『東急シアターオーブ』

・原作:映画『天使にラブ・ソングを…』(脚本:ジョセフ・ハワード)
・脚本:シェリ・シュタインケルナー&ビル・シュタインケルナー
・音楽:アラン・メンケン ・歌詞:グレン・スレイター ・演出:山田和也

・キャスト:デロリス・ヴァン・カルティエ…森公美子、朝夏まなと/エディ…石井一孝/カーティス…大澄賢也、吉野圭吾/オハラ親父…太川陽介 修道院長 …鳳 蘭 ほか

※チケット情報、公演詳細は公式HPへ→https://www.tohostage.com/sister_act/