電線には“用の美”がある
「ここは鉄道で使われているトロリー線と、電柱で使われている配電線の両方が見られるスポットなんです」
新橋駅前のSL広場で待ち合わせ、オススメされた新橋西口通りへと歩き始めてすぐ、頭上の高架ホームを指さして説明した石山さん。
そもそもトロリー線と配電線が何かもわからず戸惑う筆者に、碍子(がいし)と呼ばれる器具が付いているのがトロリー線で、電車の屋根に付いているパンタグラフ(電気を取り入れる装置)に触れて、電気を供給している様子が見られるのだとか。「電車」と呼ばれるだけあって、そういえば鉄道も電線が必要な乗り物だったと再認識させられました。
そのまま、メインとなる飲み屋がある通りへ。
“サラリーマンの聖地”と呼ばれるだけあって、駅周辺は狭い道幅沿いに居酒屋やバー、パブなどがひしめき合っていますが、店の数に負けじと、頭上にはおびただしいほどの電線が。「輻輳」な光景がそこに広がっていました。
「ひと言で電線といっても、いろいろ違いがあります。例えば電柱の上でグニャグニャ蠢(うごめ)いているのが配電線。いちばん上にある3本の高圧線から流れる6600ボルトの電気を、変圧器で100ボルトと200ボルトの電圧に変えて住宅やお店などに配電します。電柱から家庭に電気を引き込むときに使うのが引込線。街の電線と屋内電線の狭間のようなものですね」
電線といえば全部同じで、まとわりつくように電柱に巻きついているのも、単に余らせた線を束ねているだけかと思っていましたが、どうやら違っていたようです。
「電線の色が基本黒いのにも理由があって、電気の通り道となる導体を被覆(※1)する素材に黒いカーボンブラック(※2)が混ぜられているから。その被覆が日焼け止めにもなっています。
電線をたどっていくと、道がY字に分かれていたりします。もし建物がなくなったとしても、電線が残っていれば、ここがどういう街並みだったのかわかるような気がするんです」
SL広場前から距離にして100メートルも進んでいないにもかかわらず、目についた電線をきっかけに、石山さんの話は尽きることがありません。
「電線も電柱も人の手で1本ずつ架けられ、街に置かれる。日用品としての便利さと美しさを兼ねそろえた“用の美”が感じられますね」
※1 物の表面を覆いかぶせること ※2 炭素主体の微粒子
店の外壁に設置された、年季の入った電線も逃さずチェック。
「最初は役割を持って、まとめられて敷設されていたはずなのに、気づいたら中途半端な形になって、オブジェみたいな感じで固定されているのがイイですね」
まさに新橋は、電線について語りがいのある街でした。
「道幅が細い飲み屋街は、電線が近くて見やすいので好きです。新橋以外だと北千住や新宿ゴールデン街、赤羽がオススメ」(※ゴールデン街の撮影は原則禁止されています)
東京・北区にある赤羽は、石山さんが電線を愛するきっかけとなった場所で、新橋のように飲み屋街が密集するエリアがあります。
小学生のときに、父親の仕事場があった赤羽を散歩していた石山さんは、街の電線が「ウネウネしていて生き物っぽいな」と興味を持ちはじめ、静物スケッチでよく描いていた植物の根や蔦(つた)が電線に似ていると感じるようになって以降は、空を見上げるようになっていたそう。
「今ではどこを歩いていても、どうしても電線を見てしまいます。電線は飽きない。見上げていると、無限に時間が足りなくなってしまう」
映画やドラマを観ていて電線が映ると、意識がそっちの方に行ってしまったりも。
「最近観たのだと、韓国映画の『パラサイト 半地下の住人』は、住宅街と電線の景観が日本と似ていて、電線がクモの巣みたいに描かれていた。私にとってあれは“電線”映画ですね」