電線のアンソロジー本を手がけたい

「電線は街にとっての血管で、電話やインターネットをつなぐ通信線は神経みたいなもの。水道やガスなどのインフラ設備は内臓みたいに地中に埋まっているのに、電線だけは露出していて、“見える内臓”みたいになっているのが面白い」

「ウネウネしていて生き物っぽい」と感じた電線から派生して、街全体を生き物にたとえる石山さんは、今年6月から日本電線工業会の「電線アンバサダー」に就任。単なる話題づくりとしてではなく、電線業界が何をやっているのか、電線づくりの魅力などについて自ら取材し、発表しています。

「例えば19世紀末のマンハッタンでは電柱・電線が使われていました。当時使われていたのは電線の表面にコーティングのない“裸線”です。裸線は触れると感電してしまうため、事故も多かったそうです。しかし、日本で同じように電線の安全性について重視されるようになったころ、国内の被覆技術が進み、安全に電線を張れるようになっていました。この景色は技術力が育んだものともいえますね。

 海外の電線を見に、香港とバンコクへ行きました。香港では電線の地中化が100%進み、バンコクでは電柱の形が四角だったりするんですよ

 電線の地中化は、日本でも1986(昭和61)年から「電線類地中化計画」として、防災機能の強化や安全で快適な歩行空間の確保などを目的に進められており、東京でも2016年から無電柱化を促す法律が施行されました。つまり電線・電柱は、町にあふれる“なにげないモノ”ではなくなりつつあります

 石山さんを取材したのは11月初めでしたが、その数日後の10日は「1」を電柱に見立てて、3本の電柱をゼロ=「0」にする「無電柱化の日」だとか。なお11月18日は、111の電柱と、あらゆるものにつながる無限大(8)を意味する「電線の日」。一か八かならぬ“ゼロかバチか”のせめぎ合いが続いています。

 水道やガス管のように、電線も地中に埋まった“見えない内臓”となっていくことについて、石山さんはどう思っているのでしょうか。

「ひと言では答えにくいですが……どういう文脈で無電柱化政策が進んでいるのか、気にはなっているので調べています。無電柱化を推す学者の方が、著書で“電線・電柱の外見はゴミ。日本はゴミ屋敷のようなもの”と書いていましたが、人によって物事の見方や捉え方ってこうも変わるんだなあと。

 同じモノを“いいもの”と見るか“ゴミ”と見るかは、感覚の問題なので人それぞれだと思います。でも同じ道を歩くのであれば、何かにイライラし続けて歩くより、楽しい目線で(電線を)見上げて歩きたいですね

「次に電線を見に行ってみたいのは、広島の尾道市のような坂が多い町」 撮影/岡利恵子

 今年12月に電線への愛を綴ったエッセイ本(『電線の恋人』平凡社刊)の出版を控える石山さんが、目下のところ力を入れて研究しているのは、映画や小説、アニメなどに出てくる電線について。

「(華道に見立てて電線・電柱の画やオブジェを発表する)山口晃さんや(『新世紀エヴァンゲリオン』の)庵野秀明さん、『陰翳礼讃』を書いた谷崎潤一郎といった日本の小説家や画家、映像作家たちが、どんな風に電線を見て、それを自作に表現してきたのかに興味があります。

 もし私が富豪になったら、好きな作家に電線について書いてもらって、電線のアンソロジー本を作りたい。“文学と電線”という切り口で、自分以外の他者が電線をどう捉えているのかということを、作品を通じて知りたいです

指輪にイヤリング、ストールなど、ファッションにもさりげなく電線をイメージしたデザインを取り入れる 撮影/岡利恵子

 俳優業で電線好きが役に立ったことは? と尋ねると「ないですね」と即答。それでも、「コマーシャルの撮影で、微妙な角度で体を静止していなければならないときに電線が見えていると、心が落ち着きます」

 石山さんにとって電線は、生活動線(ライフライン)であり、心の生命線でもありました

「『ZIP!』に出演していたときは、収録スタジオの裏にある電線ケーブルばかり見ていたので、美術スタッフの人と仲よくなりました」 撮影/岡利恵子

 取材を終え、次の仕事に向かった渋谷のスクランブル交差点一帯には、電線・電柱がまったくないことにあらためて気づきました。地上には人があふれ、上空は広告看板や大型ビジョンで彩られている。それなのに、輻輳さに欠けて味気なく感じたのは、決して気のせいではなかったのかもしれません。

(取材・文/松平光冬)

《PROFILE》
石山蓮華(いしやま・れんげ) 1992年生まれ、埼玉県出身。電線愛好家・俳優・文筆家。電線愛好家として『タモリ倶楽部』などのメディアに出演するほか、2022年より日本電線工業会公認「電線アンバサダー」としても活動。俳優として舞台や映画、CMなどに出演中。2023年3月、舞台『背信者』出演が決定。文筆家として「電気新聞」「ウェブ平凡」などに連載・寄稿。晶文社より読書エッセイ『犬もどき読書日記』を刊行。エッセイ本『電線の恋人』(平凡社)が2022年12月に発売予定。

Instagram  @renge_ge
Twitter  @rengege