歳をとって少しずつ見えてきた、人生の「幸せ」

 ユースケさん演じる山田は、契約社員として働き続けながら未婚のまま老後を迎える。何歳になってもこれといった大事件も起きない、山田の地味な人生を、ユースケさんは「メロディのない人生」と表現した。ゆえにメロディを持たない、セリフとリズムの狭間を漂う独白のようなラップが、山田のパートに多いのだと岩井氏も明かしている。

 山田をはじめ、ひと口に幸せとは言えない人生を送る4人のおとこたちを描くこの作品と向き合う中で、ユースケさんは“幸せ”について何を思うのだろうか。

「僕の人生って、山田のようなものですよ。山田にはすごくシンパシーを感じます。僕は自己肯定感がものすごく低くて、嫌になっちゃう。日常の中でたくさんの幸せをいつも感じてます! とかは全然思わないし、そんなこと言ってる人はウソだと思ってます

 でもこの歳になってちょっと思うのは……、人気のドラマで『孤独のグルメ』っていう作品がありますよね。あれ、ごはんを目の前にして心の中でブツブツ言ってるでしょ。“これが俺の勝負飯”とか。普通、ごはんを食べるときにそんなこと考えないですよね。でも本当はみんな、ああいうのに憧れていて、ひとつひとつのことに感動しながら生きていきたいんだろうなって思うんですよ

『孤独のグルメ』のセリフをまねた”これが俺の勝負飯”発言に取材会は笑いに包まれた 撮影/渡邉智裕

「確かに、自覚してなかっただけで、俺にもあるっちゃある。いま幸せなんだなと思う瞬間は、歳をとって増えてきた気がします。

 例えば、自分の役者という仕事。深夜2時くらいに撮影をしていて、泥まみれで壁に寄りかかってたら“ちょっと照明直すのでお待ちください~”とか言われてね。“寒い中、俺何やってんだろう?”とか思いながらも、“いや、こんな仕事できるヤツ、あんまいねぇな”って気づいたり。“うわ、俺ら特殊な仕事してるぅ!”とか思う瞬間は、やっぱり幸せを感じますね

 そんなユースケさんも舌を巻くのが、岩井氏による“終わりのない演出”だ。

「岩井くんの演出って稽古のたびに毎回変わるんですよ。“今日はちょっと〇〇さん、そのセリフ号泣しながら言ってください”とか、ムチャクチャなこと言うんですよ(笑)。前回、舞台で一緒にやったときも、本番が始まってからも最終日までダメ出ししてたから、要は千秋楽が終わるまで、彼の演出って終わらないんです。で、今回はそれにプラス歌があるでしょ。ますます終わらないんだと思います」

2011年に出演した岩井氏演出の舞台『その族の名は「家族」』では、「本番中、岩井くんが客席の前の方でずーっとメモを取ってるのが見えて。またダメ出しされるなと思いましたよ(笑)」 撮影/渡邉智裕

「結構早いうちに通し稽古とかもやるんですよ。やれたらそこからまたいろいろ、“じゃあ次は配役を変えて通してみましょう、台本なしで”とか。はぁ? みたいな(笑)。本当に終わりのない稽古ですよね。

 岩井くんの演出って、完成形というものを目指してるんじゃなくて、そのとき、そのシチュエーションでのベストを感覚で探っていくものだと思うんです。いつまでも変わり続ける。だから、公演を見に来られる方にとっても、全部の回がとてつもなく違うものになっていると思います。ラップにしても、俺なりの“ラップのような新しいもの”を生み出すつもりでやりますよ」