振り幅の広い演技で破竹の活躍を見せる中村倫也さん。今や多くのドラマ、映画で引っ張りだこの人気俳優が、デビュー直後から芝居の研鑽(けんさん)を積んだのは演劇の世界。舞台は今も中村さんが大切にしている場所だ。
2022年10月より東京・大阪・金沢・仙台で上演され連日満員御礼、高い評価を得た主演ミュージカル『ルードヴィヒ~Beethoven The Piano~』。2023年2月24日より全国11館の映画館で上映されることも決まりました。旧知の仲である演出家・河原雅彦氏との7年ぶりのタッグでも注目の本作で、若き日のベートーヴェンを演じている。稽古中の中村さんに、本作の魅力や河原氏との深い絆、舞台への思いなどを語っていただいたインタビューをお届けします。
河原さんは演劇の道を開いてくれた人
──演出の河原雅彦さんとは過去に何作品もの舞台やドラマでもタッグを組まれていて、深い信頼関係があると思います。7年ぶりのタッグとなる作品は、河原さんがいつかやってみたいと思われていた本格ミュージカル。その主演としてオファーを受けた心境は?
「まず、河原さんが“本格ミュージカルをやりたかった”というのは意外でした。それで僕を指名してくれたのが嬉しかったですし、“これは全力でやらにゃならんな”っていうのは、僕らの歴史を含めてすごく感じましたね。
僕はデビューしてしばらくは仕事がなかったものですから、例えば連ドラのゲストの3シーンくらい出る役で現場に行くことも多くて、それは自分の実力不足なんですけど。そんな鬱屈(うっくつ)している若手時代に、演劇は自分の生きていく支えで、河原さんはその道を開いてくれた方なんですね。
2009年に河原さんたちの演劇ユニット『真心一座 身も心も』の『流れ姉妹~獣たちの夜~』という舞台に呼んでいただいて、それを観た演劇界のいろいろな方が面白がって声をかけてくれるようになったんです。その人が新しいチャレンジをやる上で“一緒にやろう”と言ってくれているなら、しんどそうだなと思いながらも“やるっきゃないな”と。ほんとは楽をしたいですけどね(笑)」
──そんなに大変な作品なんですね?
「楽はできないですよね。ミュージカルは歌がしんどいか芝居がしんどいか、だいたいどちらかだと思うんですけど、この作品は両方トップクラスにしんどいと思います。それは、ネガティブなイメージじゃなくて、表現者として熱量を放出しないといけないってことで。だから、“中村、頑張ってるな”で終わらないように、ちゃんと観客を巻き込めるような作品づくりをしなきゃいけないな、というのは思っています」
自分に求められることは“支配力”
──河原さんは、中村さんから見てどのような演出家ですか?
「何回ご一緒しているのかな……。舞台では、真心一座と『ぼっちゃま』(2011年)と『八犬伝』(2013年)と『ライチ☆光クラブ』(2015年)。その前に『ハリ系』(2007年)というテレビドラマがあって。たぶん、全てのものを面白がる人で、人としてすごく懐が深いというか、包容力のある方なんじゃないかなと思います。
ご一緒したのがけっこう無理めな作品が多かったので、里見八犬伝の話なのに、八犬士の阿部サダヲさんと尾上寛之くんが太鼓で戦ったりする、意外な面白さがあったり(笑)。そういう演劇をやる上での“威力”って言葉を昔からよく言ってましたね。今回の作品でも、そういう舞台上での“支配力”みたいなものは、自分に求められることだろうなと思う」
──“支配力”とは、具体的にどういうものなのですか?
「僕の中では、今まで経験した演劇の体験から、劇場っていう空間がひとつひとつの粒子までその人の色に染められているような、バーンって一瞬にして支配しているイメージなんですけど。概念的なことが“支配力”という言葉に置き換わっているのかなと。あとは、まざまざと何か芯の通った熱量を放出している物体がいると、やっぱり面くらうし惹(ひ)きつけられると思うんですよ。今回のルードヴィヒは、なにかそういう燦然(さんぜん)とした物体として、瞬間的にバンって存在する必要がある役かなと感じています」
2018年~2019年にかけて、韓国で初演されたミュージカル。日本でもおなじみとなった『SMOKE』『インタビュー』『BLUE RAIN』の作・演出家チュ・ジョンファの新作として注目された作品。世界中誰もが知る天才作曲家であり、聴力を失ってなお音楽への情熱を注ぎ込んだ悲運の人・ベートーヴェンの生涯を、彼を取り巻く人物たちとの愛と影、喪失そして運命を、彼がつづった音楽とオリジナル楽曲で描く。死を目前に書かれたベートーヴェンの1通の手紙。そこに込められた、誰も見たことがない、音楽家・ベートーヴェンの隠された物語がひも解かれていく。
【STORY】
残り少ない人生を前に書かれたベートーヴェンの1通の手紙。そして、その手紙が一人の女性の元へ届く。聴力を失い絶望の中、青年ルードヴィヒ(中村倫也)が死と向き合っていたまさにその夜。吹きすさぶ嵐の音と共に見知らぬ女性マリー(木下晴香)が幼い少年ウォルターを連れて現れる。マリーは全てが終わったと思っていた彼に、また別の世界の扉を開け去っていく。新しい世界で、新たな出会いに向き合おうとするルードヴィヒ。しかしこの全ては、また新たな悲劇の始まりになるが……。