「実は、この服315円だったんですよ! ちなみに渋谷のキャバクラで働いていたころは、チャイナ服が制服でした」
鮮やかな赤いスカートと白色のブラウスをまとい、爽やかにほほえみながらも、序盤からツッコミどころ満載のコメントを繰り出すこの女性は、ピン芸人として活動している、本日は晴天なりさん(以下、「晴天さん」)。芸人活動のかたわら、約10年間キャバクラに勤めていたという経歴を生かしたコラムなどを発表し、注目を集めています。
かつては夜の仕事として、やや後ろ暗いイメージを持たれがちだったキャバクラですが、最近では欅坂46(現・櫻坂46)の元メンバーである志田愛佳さんがキャバ嬢に転職したり、10代の女性の間でも「なりたい憧れの職業」として話題に上ったりするほど知名度が高まっています。
キャバクラ勤務はすでに卒業している晴天さんですが、これまで芸人とキャバ嬢を両立してきた彼女に、長くキャバクラで働いてきたからこそ語れるエピソードや、お店で垣間見られる人間模様についてお聞きしました。
ダンスを学びながらキャバ嬢に。20歳を過ぎて、夢だったお笑いの道へ
──キャバクラで働くようになったきっかけは何でしたか?
「もともと芸人としての活動より先に、キャバ嬢として働き始めたんです。実は私、芸人になる前はダンサーを目指していて、ダンスの専門学校に通うために上京したんですよ。高校のときはSPEEDのダンスをカバーして、文化祭で踊ったりしていました。でも、ダンスの練習は時間が不定期になりがち。キャバクラならシフト制だから自分の生活スタイルに合っているし、レッスン代や生活費の足しにもなるなって思ったんです」
──元カリスマキャバ嬢として有名な実業家のエンリケさんは、最高月収が6800万と告白し話題となっていました。ほかの接客業よりも、時給は高かったのですか。
「そうですね。私は時給2300円ほどでしたが、ほかにやったことがあるバイトは時給1000円前後でしたから、やっぱり高額なバイトですよね。しかも、フロアにお客さんがいない待機中の時間も、時給が発生するし。私が働いていた店では、指名がたくさん入るような人気の子は、時給7000円くらいはもらっていました。お店によっては、めっちゃ売れっ子は、もっと高額だと思います。そこにバック(お客との同伴や女の子分のドリンクが注文されることにより発生する、売り上げの一部が本人に還元される制度)がつくわけだから、頑張り次第ではうまく稼げますよね」
──ちなみに、キャバクラで働く場合は、どのような勤務形態なのですか。
「私がいちばん長く働いていたお店は、19時オープンで深夜1時くらいに閉まっていました。昔は朝まで営業している店が多かったんですけれど、都の条例が変わって営業ができなくなったりしたみたいで。私は終電で帰っていたので、働くのは19時から0時までの5時間ぐらい。それで日給1万円くらいもらえる。待機している間は、お笑いのことを考えたりとか、動画編集までして自由に過ごしていました(笑)」
──珍しいタイプのキャバ嬢ですよね(笑)。でも、キャバ嬢から芸人になるには、かなり方向性が違うような気がしますが……。
「実は、小学校の卒業文集に『漫才師になりたい』って書くくらい、ずっとお笑いをやってみたかったんです。(お笑いコンビの)アンタッチャブルさんに憧れていました。でも、いきなり芸人になるには勇気がいるし、どこかで“無理だろうな”って思ってしまっていて、好きだったダンスを仕事にしようと思ったんです。そうしたら、ダンスの先生が“やらないで後悔するよりも、やってみてダメだったら諦められるでしょ”みたいなことを言ってくれて。実際はそれもダンスに対してのアドバイスだったのに、そのひと言で“芸人になろう”って決意しちゃったんですよ(笑)。確か21歳、22歳くらいのときでした」
──親御さんや周囲には反対されませんでしたか?
「芸人活動を始めたあとに、ぬるっと事後報告をしたんですが、肯定的に受け止めてくれたのではないかと。母親は私がテレビ番組に出演する日、番組表にマーカーをひいて会社の同僚に配っていたみたい(笑)。親戚からも、“テレビで見たよ〜”と連絡をもらったりしました。キャバクラでのバイトのことは特に伝えていませんが、知っていたのではないかと。でも、何も言われませんでした。“人様に迷惑をかけることや恥ずかしい生き方はしないだろう”という信頼のもとで、自由にさせてくれていたのかもしれません」