「雪列車」は歌っていくうちにじーんと来る。レコーディングには3日もかかった

 そしてSpotify第3位は、前川のソロデビュー曲となった「雪列車」。こちらは、作詞:糸井重里、作曲・編曲:坂本龍一とのタッグで、演歌ともニューミュージックとも区分できない、和風なのにどこかエキゾチックで気高い雰囲気の漂う不思議なポップスとなっている。当時はオリコンTOP100圏外作品ながら、有線では年間65位となるロングヒットとなり、現在でもカラオケで人気のある1曲だ。これも、“記憶のヒット曲”といえるだろう。

「この『雪列車』の人気もね、自分でわかるんです。もちろん、2位の『長崎は今日も雨だった』も、デビューから55年間も歌っているわけですから、いろんな思い出がありますよ。けれど『雪列車』のほうは、歌っていくうちにじーんと来るんです。『NHKのど自慢』などのゲストとして歌うときは、『東京砂漠』『雪列車』『ひまわり』の3曲から選ぶことが多いです。それだけ僕も、歌いたいという思いが強いんですね

 本作は、'82年11月のアルバム『KIYOSHI』のリード曲として、その1か月前にシングルとして発表された。アルバムは坂本のほかに、矢野顕子、後藤次利、伊勢正三、安井かずみ、加藤和彦、鈴木茂など、当時のフォーク、ニューミュージック系のアーティストが集結した意欲作となっている。

「このアルバムは、当時の渡辺プロダクションの方からの紹介で、ポップス系の方たちが作りたいと言って集まってくださったんです。その中に、糸井重里さんや坂本龍一さんもいらっしゃって。

 でも『雪列車』はね、実はレコーディングに3日間もかかっているんです! まず、初日に坂本龍一さんが1日中、自分でドラムを叩いていて、“教授(当時の坂本龍一の呼び名)、なんでずっと叩いているの?”と尋ねてみたら、イントロ部分の途中に“ド、ドーン”と入る和の要素を入れたいとのことで、和太鼓に似た音をチューニングするのに丸1日かかりました。演歌の世界では、1日あったら7~8曲はレコーディングしますけどね(笑)。だって、その時間の分だけ(スタジオ代や演奏代など)お金がかかるわけですから。それが『雪列車』は、1日かけても1曲もできない。制作陣の意向を重視して、ぜいたくに作られているわけです。

 そうして2日目。今度は、そこからイントロを少しずつ作っていくので、“この人、何も考えていなかったのか??”と驚いたくらいです。でも、こうしてじっくり作ったものだからこそ長く支持されているんでしょうね。イントロ部分なんかも、歌謡曲にはない展開で、教授もいろんな勉強をしてらっしゃるからこそ出てきた音なんでしょうね。

 しかも、歌詞は《匂うように 笑うように 雪が降る》ですよ! 僕はその意味が今ひとつわからなくて糸井さんに聞いたんだけど、糸井さんもわからないとおっしゃって(笑)。でも、雪って普通は冷たいイメージがあるけれど、この雪には暖かいイメージがありますよね。先程の『東京砂漠』もですが、サラリとしているけれど、すっと心に入るんですよね。逆に、小難しい歌は意外と人気が出ない。僕は映画も好きでよく観るんですが、シンプルなものがヒットしていて、音楽と同じなんだと思っています」

 ちなみに本ランキングでは、複数の録音バージョンが存在する場合、もっとも再生回数の多いものを採用しているが、2位の「長崎は今日も雨だった」、3位の「雪列車」をはじめ、全体としてライブアルバム『はじめての前川清』で歌われたものが多い。これは、前川のデビュー50周年および糸井重里が主宰する“ほぼ日刊イトイ新聞”の20周年を記念した'18年のライブの録音で、糸井が企画したものだ。その初心者向けのアルバムタイトルや、代表曲を網羅した選曲であることから人気曲が多いと推測されるが、実際の観客はどんな人が多かったのだろうか。

「『はじめての前川清』は意外と、ジャズなどほかのジャンルが好きな方とかが来ていた気がします。実際に歌った『雪列車』や『ひまわり』も、ご年配向けの楽曲ではありませんが、ご年配の方も喜びつつ、そうじゃないファンの方も気に入ってくださって広がっている感じがしました」

『はじめての前川清』ジャケット写真。老若男女に愛される作品となっている