今の時代に戦争映画を作る意義
──作品の話に戻りますが、『野火』(※)を拝見して、戦争について改めて考えるきっかけになりました。新作も戦争をテーマにされているということですが、今まさにウクライナとロシアの戦争が起きている状況の中で、戦争映画を製作する意義は何だと思いますか?
「それはもうシンプルに(戦争に)近づかないようにするためです。戦争がどういうものか、感覚で感じてもらう。今は戦争に動いていく意見のほうが多くて、戦争はいけないっていう実感を持っている人が年代的に少なくなってきている。僕が映画を撮ったことでそのバランスは変わらないかもしれないけれど、それでも作らなければという思いが重なっていきました」
(※)日本軍の敗戦が色濃くなった第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島で、塚本晋也演じる田村一等兵は結核を患い、部隊を追い出されて原野をさまよう。空腹と孤独、灼熱の環境と戦いながら、田村が見たものとは……。戦争における人間の残虐性をリアルに描いた作品。
──『野火』は確かに、鮮烈な印象が残る映画です。
「戦争映画って、誰もが知らなかったヒーローや、被害の記憶を描かれることが多い。でも日本人も加害者だったり、人肉を食べるような悲劇も起こっていた。“そんなのはフィクションでしょ”って言う人もいるけれど、実際には戦地ではざらにあったんです。そういう悲惨な側面を少しでもわかってもらいたい」
──映像で追体験する部分もありますね。
「ウクライナで戦争が起きてしまったとき、気持ち的にはそれまで緊張して生きてきたのに、世界のタガがはずれてしまった、みたいな衝撃がありました。恐ろしいことなんですけれど……。難しい議論ではなく、実感を持って戦争に近づかないようにするっていうのを常に考えています。『野火』を作っている間に見つけてしまった重要なテーマの映画をこの3年間、準備しているんですけど。それは鉄のハンマーを脳天に打ち下ろすようなくらい、『野火』と比べても相当なパワーを持った作品になると思いますね」
──塚本さんの怒りや苛立ちのようなものは、『野火』からも伝わってきます。
「特にウクライナで起きている戦争を見ていると、どうして世界は暴力以外の方法で止められないのかなって悲しくなりますよね。あそこまで傍若無人な行いを止められない。人類ってこのレベルかって思うと(平和的解決には)まだ遠いぞって感じるんですよ。日本以外のところでは恐ろしいことがいつも起こっているけれど、どうも現実感がない。そこに危うさを感じます。自戒を込めて、ですが」
──確かに、世界の情報を誰でも見られるようになりましたが、リアリティは欠如しているかもしれないですね。
「戦争映画というと懐古主義的な感じがするので、違うアプローチがいるのだろうと思います。『野火』の場合は、お化け屋敷に行ったときのように、すごくどぎつくて怖い体験をしてもらって、帰るときにそれまでと違った感覚を持ち帰ってもらいたい。SNSでの殺伐とした雰囲気とかを見ていると、戦争が終わってからしばらく続いていた平和な時代の倫理観とは変わってきている。その先に、燦々(さんさん)と輝く未来が待っているならいいけれど(笑)。実際には懐古主義的にきなくさい時代に戻っているような感じもしちゃうんです。だからさまざまな角度から物事を見られる映画とかドキュメンタリーを見る機会があるミニシアターは、とても大事ですよね」
──次はどういう作品が撮りたいですか?
「今作っている小規模な戦争映画の次は、爆発的な強いやつを一発。先ほど言った準備している企画があるので、それが作りたいけれど、なかなか難しいなといったところですね。でも企画に賛同してくださった会社を信じて進めています。そのほか自分で作りたい作品をいろいろと考えています」
──以前、SF映画を撮ってみたいと言っていらした記憶があるのですが……。
「SFもありますね。いろいろと撮りたいジャンルはあります(笑)。もちろん好きな怪獣映画もいつかは……。でも今の時代に合った内容で、自分の考えに合って面白そうな企画ってなると、条件に合うものが限られてくるんですよね」
──いちファンとしては、60代になった塚本監督と田口トモロヲさんの作品も観てみたいですが……。
「ははは。それも面白いですね」
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
塚本晋也(つかもと・しんや)
1960年1月1日、東京・渋谷生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。'88年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。'89年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。主な作品に、『東京フィスト』『バレット・バレエ』『双生児』『六月の蛇』『ヴィタール』『悪夢探偵」『KOTOKO』『野火』など。製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などすべてに関与して作りあげる作品は、国内、海外で数多くの賞を受賞。北野武監督作『HANA-BI』がグランプリを受賞した'97年にはベネチア映画祭で審査員をつとめ、'19年にも3度目の審査員としてベネチア映画祭に参加している。俳優としても活躍。監督作のほとんどに出演するほか、他監督の作品にも多く出演。『とらばいゆ』『クロエ』『溺れる人』『殺し屋1』で'02年毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。『野火』で'15年、同コンクールで男優主演賞を受賞。その他に庵野秀明『シン・ゴジラ』、マーティン・スコセッシ監督『沈黙ーサイレンスー』など。ほか、ナレーターとしての仕事も多い。