「異質」から読み解く『千と千尋の神隠し』
まずは、「異質」というキーワードから作品を読み解いていきたい。千尋は、神々の世界に迷い込んできた人間の少女だ。当然、人間の世界と隔てた場所で暮らしている者たちは千尋を忌(い)み嫌う。人間と異形の神々は、本来なら共存することが許されないからだ。
中盤で登場するオクサレ様は、異質なもの(人間が投棄したゴミ)を纏(まと)いながら自らを浄化しに油屋(本アニメの舞台となった温泉旅館)を求めてやってくる。そして自身の世話をした千尋に、苦団子を与えて去っていく。後にこの苦団子は、傷を負ったハクや巨大化したカオナシが食べ、それにより元の姿に戻る役割を担うこととなる。
千尋が迷い込んだ世界は人間には理解できない力で複雑に構成されていながらも、人間世界よりはるかに純度の高い(神が姿をなして存在できるほどの)世界だと考えると、人間がもたらしたもの、ひいては千尋も「異質なもの」すなわち「異物」だととらえられる。
千尋が元の場所に帰っていくこと、苦団子を食べてハクやカオナシが身体の中の毒を吐き出すこと。そういった展開から思い起こされるのは、本作が「純化の(まじりけのないものにする)物語」なのだということだ。
ジブリ作品はしばしば、スピリチュアル的な側面を持つことがある。最も明確な例を挙げるのならば、『もののけ姫』における木霊やシシ神などがそうだ。『千と千尋の神隠し』においても、人間の少女が神々との交流を通し、人という生き物の本質と穢(けが)れ、そして人ならざるものの実在を描いているのだと考えることができる。