カルチャーとビジネスは水と油、では決してない
『CINRA.NET』の法人化、『exPoP!!!!!』の始動……と順風満帆に見えた柏井氏の事業だったが、20代後半~30歳にかけては「大風呂敷を広げて、ひと通り失敗しましたね」と笑う。そのときに気づいたのが、「どんなに好きなことでも、ビジネスにしないと続けられない」ということだった。
「『CINRA.NET』はまだ読者も少なくてお金にならないし、自分たちで作ったレーベル『CINRA RECORDS』も、音源制作にお金が必要なので、まずはビジネスとして成り立たせなきゃいけないな、という時期でした。Webサイトやパンフレット制作などの受託案件もこなしながら、とにかく『CINRA.NET』に広告を入れてもらうためにテレアポしまくって、クライアント獲得営業をしていました」
ここで重要なのが、編集者である柏井氏自らが広告営業をしているという点だ。一般的に出版社やメディアを運営する企業では、編集者と営業担当者は別々に分かれていることが多い。『CINRA.NET』がその一般的な形を取らなかったのは、決して人手不足が理由ではなかった。
「僕が『CINRA.NET』の編集長だったころは、編集者が営業もするという形をとっていたんです。編集者がきちんとクライアントと向き合って、企画の話もお金の話もする。まだPV数も少なかったころですが、どうしたら伝わる企画になるのか、良質な記事になるのか説明して、作った記事に満足してくださるリピートクライアントが少しずつ増えていく……という流れができてきたのが2009年くらいだったと思います。当時はカルチャー系の広告がよく動いていたから、レコード会社や美術館、劇場などから広告をいただけるようになっていきました。
法人化して5年ほどたって、ようやく『CINRA.NET』の事業を黒字化することができました。自分たちがやっていることのユニークネスを業界内でしっかり理解してもらえるようになったのもこの時期。特に音楽業界では、マスに打って出たいものは『ナタリー』、コアに届けたいものは『CINRA.NET』だよね、と言っていただけるようになりました」
「カルチャーとビジネス、いわゆるお金儲けって、水と油のように思う方もいると思うんですけど、全然そんなことはないと思っていて。お金って、特別な価値を提供して喜んでいただくことの対価だと思うので、カルチャーを軸にしたビジネススキームを作ることは難しいことじゃない。もっと言えば、それをアーティストのために実現することが自分の役割だと思っています。
ただし、ブランドってちょっとしたことで壊れたりするので、ブランドを殺してまでビジネスをする必要はない。ここのニュアンスが、カルチャーとビジネスの関係性において難しい点ですよね。偉そうなことを言ってますが、自分は人一倍失敗した自信もあります(笑)」