根っからの“お祭り女”、バリバリの営業職からまさかの落語家へ
「昔からよく、『剽軽者(ひょうきんもの)』と言われていました」
こみちさんは、そうつぶやく。
「友達を笑わせるのが大好きで、小学校のころから学芸会に命をかけていて目立つ役をやりたがったり、注目される楽器を弾きたがったり。中学・高校でも、学園祭に1年間のアドレナリンをすべて投入するお祭り女だったと思います」
小学校の卒業文集に担任の先生が書いてくれた言葉は、「いつも豊かな表現力でみんなを楽しませてくれたね」というものだったという。
根っからのお祭り女。サービス精神旺盛な高座は今も当時のままだ。
演劇が大好きで、大学を卒業し社会人になってからは、毎週何本もの小劇場系の観劇を続けていた。だがあるとき、当日券が手に入らず、友人から「予約がいらない寄席に行ってみれば?」とすすめられて足を運んだ。今まで見ていた芝居とはまったく違う空間に触れ、その日はあっけにとられているだけだった。
「でも、そこからどっぷりと落語にハマったんですよ。特に(一昨年に亡くなった、柳家)小三治の噺を聞いて、世界一おもしろいと思った。目の前に、行ったこともない江戸が見えた。芝居はいろいろな人が登場するけれど、落語はたったひとりですべてを表現するんです。とんでもないことだ、魔法のようなすさまじさだと感激して。2年くらい熱烈に落語を聞いていたんですが、そのうち噺家になりたい、なるんだと決めました」
小三治さんの弟子である七代目柳亭燕路さんに弟子入りを頼んだが、最初は「あなたが男なら弟子としてとるけれど」と渋られた。落語界は長らく男性社会であったし、燕路さんがすぐには首を縦に振れないのもわかる。だが、こみちさんは「女性だって芸一筋に頑張れば、落語家になれるはずです」と押し切り、燕路師匠に粘り勝ちしたらしい。
当時28歳。出版社の営業として“ガンガン仕事をしていた”のに、ある日突然、辞表を提出。驚いた部長に「落語家になりたいんです」と言った。
「すると部長が、机にバタッと前のめりに倒れ込んで、あーっと呻(うめ)いた。そして顔を上げると、“会社としては痛手だけど、夢を持つのはいいことだよね。応援するよ”と。うれしかったですね。部長は今も高座を見に来てくださるんですよ。当時の営業仲間も来てくれる。ありがたいなと思っています」
朝から夜中まで修業の日々。身体のあちこちに潰瘍ができた
無事に退職して、まずは見習い、前座としての修業が始まった。最初の1年は実家から師匠の家に通ったのだが、毎朝6時15分の電車で向かい、帰りは終電。帰宅するのは午前1時を軽く回る日々。師匠の家では、掃除に洗濯、用足しなど、いろいろな仕事が待っている。そして、入門して1週間後、優しかった師匠が変わった。
「何かで怒鳴られたんですよ。ガラスが割れるような声でした。
もともと、師匠に対しての口答えなどはいっさい許されない。言いたくても言えないのは当然なのだ。
「志願して弟子としてとってもらって居候させてもらっている身。だから師匠を怒らせたら弟子が絶対悪いのですよ。例えば師匠が“唐揚げはあっためて食った方がうまいぞ”と言う。まあ、でもこのままでいいですと答えるとするでしょ。すると”オレがあっためて食えと言っているのに、いいですってどういうことだ。電子レンジを使うのを弟子が遠慮して喜ぶ師匠がどこにいる”となってしまって。師匠を怒らせる何かが私にあるのですよ。これが当時の私には難しかったです。なんだろ。顔かな(笑)」
エアコンが壊れて業者を呼んだときも、こみちさんが「あとから修理の方が来てくださって、部品を変えてくださって……」と説明し始めたとたん、「お前はどれだけ業者に敬語を使ってるんだ。業者の弟子か!? だからおめえの落語はダメなんだ」となってお小言が始まってしまった。客観的に聞くと吹きだしてしまうような話だが、当事者のこみちさんとしては、お小言の本当の意味がわからず、悩んだそうだ。
だがもちろん、師匠には深い意図があるのだ。
「怒られたあと、師匠はよく言っていました。“落語って言葉だろ。お前の言葉で人が喜んだり、うれしい楽しい気持ちにならなきゃならねぇ。今のお前の言葉を聞いて俺がうれしいと思うか? よく考えろ”って。だけど入門して間もない私は常にテンパってますから、その言葉を咀嚼(そしゃく)する余裕がない」
そのうち、胃と食道と十二指腸に潰瘍(かいよう)ができた。
「何を食べても吐いてしまう。医者に行ったら、この医者がまたおかしな人で。“ああ、落語家さんなんですね。休みがない、気を遣う、ストレスがたまる。まあ、それが当たり前の世界でしょうから、それでも精神的にも肉体的にも元気でいられて一人前。結果的に言うと修業が足りないです”って(爆笑)。わかってるけど、あんたに言われたくないって話でしょう?」
病気のことまで笑い話にしてしまうこみちさん、さすがである。