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「いぃよぉ~」旋風が日本を席巻中!!『吉本新喜劇座員総選挙』で堂々の第1位! 水玉れっぷう隊アキの男気&色気あふれる素顔とは

SNSでの感想
どことなく漂う男の色気に、取材班もメロメロに・・・・・・!!(古い?) 撮影/吉岡竜紀
目次
  • 芸歴35年で総選挙1位のいま、新たなスタートに立つ
  • 「おもろい」を通して今日も“愛ある笑い”を届け続ける

「正直言って、これでやっとスタート地点に立たせてもらった。うれしかったし、腐らずコツコツやってきたなあと感慨深かったですね」

 黄色いスーツに、太い眉と描いたヒゲ。見た目からクスッと笑ってしまいたくなるが、アキさんの目は、まっすぐで澄んでいた。

 吉本新喜劇が63年の歴史の中で初めておこなった『吉本新喜劇座員総選挙』は、今年GM(ゼネラルマネージャー)(※)になった間寛平さんの発案で実施された、座員の人気投票。約2か月の応募期間で総数77万票が集まり、1位になったのが4万票弱を獲得した水玉れっぷう隊・アキさんだった。

※:今年新設されたポスト。吉本興業の代表取締役社長CEO・岡本昭彦氏が、当時引退を考えていた間寛平さんに、若手を育成してほしいと作った役職である。

 現在53歳。芸歴35年。新喜劇への入団は2014年だが、さまざまなキャリアを積み重ねてきたため、芸人仲間や先輩からは「引き出しが多い」と評価が高い。また、「今まで新喜劇にいなかった芸人さん」「ボケ方が新鮮。誰をもディスらず、たったひと言で舞台をすべてさらっていき、客席はなごみまくる」と熱狂的な女性ファンも多い。

 人気、実力、内部での評価が高いアキさん、ここまで来るにはどれだけ苦労があったのか。

持ちネタである「いぃよぉ~」が聞こえてきそうな表情のアキさん 撮影/吉岡竜紀

芸歴35年で総選挙1位のいま、新たなスタートに立つ

今回の総選挙、賛否両論あったと思います。だけどGMになった寛平師匠としては、もっと新喜劇を盛り上げたいという気持ちだったんでしょう。最終的には『吉本新喜劇まつり』、つまり“これも祭りやということでええやん”と。

 実際、開催してみると本気で投票してくれる世間がいた。おそらくみんな、もっと笑かしてほしい、子どもにも伝えていきたいと思ってくれはったんでしょう。この総選挙をやってみたことで、僕らはさらに“がんばっていかなあかん”と思いを新たにしました」

 歴史が長くなれば、当然、飽きられることもある。新陳代謝を繰り返し、常に新たなものを取り入れていかなければならないのは、どんな組織でも同じだろう。

「コロナ禍以前から、“何か変えていかな”とみんなが思っていたのかもしれません。そういう時期だったんでしょうね。僕、舞台には真実があると思っているんです。舞台はごまかしがきかない。その中でずっとやらせてもらってて“忖度(そんたく)があったらあかん、お客さんからの信用を損ねたらあかん”そう思ってきました。今は寛平師匠のもと、まったく不満なく、前を向いて走り出しているところです」

 アキさんの芸人人生はスタントマンから始まった。

 子どものころから野球、柔道、空手、ボクシング、格闘技などスポーツ万能だったアキさんが、ふっと役者になりたいと考えて、京都の太秦(東映京都撮影所)を覗(のぞ)きに行ったのは高校卒業間近のとき。道場で空手の型を見せたら、スタントマンで俳優の宍戸大全さんに認められ、1週間後にはテレビに出ていたという。

 ドラマ『水戸黄門』で由美かおるさんの吹き替えを担当、そのほかにも女性の後ろ姿の吹き替えを多々こなしていた。当時は時代劇の全盛期。毎日、撮影所に赴いては、芝居はもちろん、殺陣、アクション、乗馬などあらゆる勉強をさせてもらったと話す。

持ちネタである借金の取り立て屋の口調で笑わせる 撮影/吉岡竜紀

 2年間、そういう生活を続けたあと、高校時代の友人で自衛隊から戻ってきたケン(松下賢示)さんと「水玉れっぷう隊」というコンビを組んでお笑いを目指すようになった。ショーパブで研鑽(けんさん)を積み、吉本のチャンピオンリーグで優勝。

「吉本に入って10か月足らずで『NHK上方漫才コンテスト』で最優秀賞を受賞したんです。NGK(なんばグランド花月)のレギュラーにもなれた。“あれ、簡単やん”と思いました(笑)。その間もショーパブの仕事をしたり、殺陣の先生の紹介で歌舞伎座の近藤真彦さんの舞台に出させてもらったり。3種類くらいの仕事を抱えて忙しかったけど、“このままの勢いでいてまえー”という感じでした」

 ところが7~8年後、いきなり「コケて」しまう。テレビのレギュラー番組が軒並み終了、吉本の2丁目劇場も一気に若手に総入れ替えという状態になり、行き場がなくなってしまったのだ。

「“仕事がなくて、どうしたらええのん”とよく仲間と話していました。相方は落ち込んで、辞めるとか解散するとか言ってましたが、僕は何の根拠もなく“いや、なんとかなるからがんばろう”って励ましていました」

 2001年にルミネtheよしもとが東京・新宿にできた。ここでは吉本所属の芸人さんたちが漫才やコント、新喜劇などを上演していた。その後、アキさんも、支配人に誘われて上京した。

「その前後の2~3年はつらかったですね。東京に来てからもアルバイトしてました。7~8年間、調子に乗っていたツケが来た、という感じでした。天狗(てんぐ)になってたつもりはないけど……うーん、やっぱりちょっとはなってたのかなあ」

 10年間、東京での新喜劇に心血を注いだ。水玉れっぷう隊での座長公演も経験した。ところがルミネでの新喜劇がなくなることになり、また途方に暮れた。

「それでついに僕は大阪の新喜劇に入るんです。相方は東京に残ってもうちょっとがんばりたい、と。解散はせんでいいということになったので、今もコンビは継続しています」

 大阪に戻り、新喜劇での活躍を誓ったが、なかなか思うようにはいかなかった。きっちり座組ができているので、入り込むことができるまで半年ほどかかったという。

「辻本(茂雄)さんの班に入れてもらって、ようやく出演することができるようになりました。辻本さんには“アキはいろいろできるから助けてな”と言ってもらって、うれしかったですね。それから8年、悔しい思いもたくさんしたけど、その分たくさん勉強もさせてもらった。これからは新たなスタートですから、もっといろいろなほかのメンバーといい化学反応を起こしたいと思っています」

 座組がきちんとできあがっているだけに、新喜劇では珍しい顔合わせが起こりにくかった。だがこれからは、もっと自由に「おもしろいこと」を追求していけそうだとアキさんは目を輝かせる。

サービス精神旺盛なアキさん。取材班の要望にも気さくに応えてくれた 撮影/吉岡竜紀
これまでのエピソードを話すとき、懐かしそうに資料を見つめる 撮影/吉岡竜紀
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