厳しいからこそ「修業時代だけでやめてたまるか」と踏ん張れた

 その後、大師匠である小三治さんと楽屋で会うと、「燕路にどんな小言を言われる?」と聞かれた。こんなことがあって、あんなふうに言われてと話すと、「オレは安心した」とホッとしたような顔をしていたという。

「師匠の仕事は弟子に小言をいうことだ、と。前座は自由はなく、自分のことは何もできなくて、ただただ修業の日々。だから修業を終えて、自由になったときに、本当の自由の意味がわかるんだ、と大師匠・小三治に言われました。確かに前座時代は落語の稽古もなかなかつけてもらえなかった。でも、だからこそ、落語がやりたい、修業が終わったら思いっきり稽古するぞ、という芸に燃える気持ちになるのですよね

 それに師匠の燕路のところでは、弟子は私ひとりでしたけど、前座として寄席に行くようになると仲間もできる。肩の力を抜ける瞬間が生まれて、寄席がオアシスになる(笑)。逆に、師匠もおかみさんも、赤の他人である私がずっと家にいるのだから気を遣ったでしょう。おかみさんも、私のことが嫌だった時期があったと思いますよ。おかみさんの弟子ではないのに、自分の家みたいにいつもいるんですから。それでも、何があっても毎日ごはんを作ってくれた

 師匠にはこうも言われた。

「お前はこれから、人の心を考えて、たくさんの人にできるだけ喜ばれるようにならないといけねえ。俺ひとり、カミさんひとりを喜ばせられなかったら、これから先、誰も喜ばせることはできねえぞ。

 “はい、ありがとうございます”と言うな。“はい”というひと言に、ありがとうございますという気持ちを込めろ」

 噺家としての先々を見すえての言葉だ。今、こういった師匠の言葉を思い出し、「“厳しい”ということは“優しい”ということなんですよね」と、こみちさんはしみじみ言う。

 噺家における師弟というのは、親子のようで親子ではなく、ある意味で、親子以上に濃密になりうる関係でもある。修業はお金を払うわけでも、もらうわけでもない。弟子は師匠の家でともに暮らすと言っても過言ではないのに、いっさい金銭が派生しないのがすごい。唯一、信頼関係だけがものを言う。そしていざというとき守ってくれるのも師匠なのだ。

取材の日、新宿・末廣亭で出番があったこみちさん。看板にはバッチリ名前が! 撮影/伊藤和幸

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 燕路師匠になんとか食らいつき、必死で修業を続けたこみちさん。インタビュー第2弾では、落語家になることを決めたときの両親の反応や、自身の結婚と出産にまつわる“珍”エピソード、今後の目標などをじっくり伺う。

(取材・文/亀山早苗)


【PROFILE】
柳亭こみち(りゅうてい・こみち) ◎東京都東村山市出身。早稲田大学を卒業し出版社勤務を経て、2003年、柳亭燕路に入門。前座名は「こみち」。'06年に二ツ目に昇進、 '17年に2児の母としては史上初の真打昇進。NHK『東西笑いの殿堂』、TBS系『落語研究会』、日本テレビ系『ヒルナンデス!』など、テレビ、ラジオ番組に出演。学校寄席の出演、コラム執筆も手掛けている。  趣味・特技は日本舞踊(吾妻流名取 名取名<吾妻 春美>)。女性版の古典落語を積極的に作り、落語界に新しい風を吹かせている。

【柳亭こみち独演会・芸歴20周年記念 落語坐「こみち堂12」】


日時:2023年4月18日(火) 18:00開場/18:30開演
会場:国立演芸場
料金:全席指定3600円 《完売御礼!》
※詳細やチケット情報は公式サイト内特設ページへ→https://komichinomichi.net/?p=2219

【柳亭こみち 芸歴20周年記念公演 この落語、主役を女に変えてみた
〜こみち噺 スペシャル〜】


日時:2023年8月12日(土) 18:30開場/19:00開演
会場:日本橋社会教育会館 8Fホール
料金:前売り3000円/当日3500円

◎公式サイト「こみちの路」→https://komichinomichi.net/
◎Twitter公式アカウント→@komichiofficial