『カーネーション』で周防を演じた綾野剛の虜に

 当時、ほぼ無名だった綾野さんが演じた周防は洋服の職人で、同業者のヒロイン糸子(尾野真千子)の実力を認める理解者だった。同じく知名度はまだ高くない笠松さんが演じる幸吉。言葉少なく、仕事に没頭する感じも重なった。

 周防と糸子は恋愛関係となり、周防が妻帯者だったから「不倫」だった。その切なゆえに『カーネーション』から目が離せなくなり、気づけば綾野さんの虜。そんな女性が私の周りに何人もいた。「仕事」が2人を結びつけ、「恋愛」の陰影が濃くなる。『カーネーション』は名作だった。

映画『閉鎖病棟-それぞれの朝-』完成披露試写会に出席した綾野剛 撮影/渡邉智裕

 NHKは笠松さんをブッキングしたときから、「第二の綾野剛」と意識していたのではないだろうか。ビジュアルが似ているということも含め、周防と糸子の恋愛を再現しようとしている気がする。仕事を媒介にした恋愛。身分違いゆえ、結ばれることはない。そのことをわからせつつ、『らんまん』と笠松さんの人気アップを狙う。そんな思惑が透けて見えても、幸吉から目が離せない。

 12話、綾は麹を変えて、もっと辛口の酒を作りたいと言う。その希望に、幸吉は応える。だが完成した酒は、祖母(松坂慶子)に完全に否定される。「ごめんなさい」と謝る綾に幸吉は「面白かったですね」と返す。試して、試して、うまい酒ができたら面白い、そう言って、こう続ける。「またいつか、やりましょう」。

 幸吉は、綾の未来を仕事と結びつけて語ってくれた。その喜びに幸吉の色っぽさが重なるから、こちらもドキリとする。綾が幼いころに落としたかんざしを、幸吉は持っていた。「運命」を示すベタな演出なのに、ドキドキが増す。というわけで、「笠松将=第二の綾野剛」への道に、完全に乗せられている私だった。

 ということで終えてもいいのだが、最後にひとつだけ。綾野剛さんと佐久間由衣さんは結婚している。2023年1月1日に、それぞれが発表した。幸吉の登場直後から、SNSでもこのことは話題になっていたそうだ。以上。情報短めですが、嫉妬とかではないです、念のため。


《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。